恋する昆虫図鑑 ムシとヒトの恋愛戦略

篠原かをり

人間の恋愛模様を、虫たちの驚くべき生態や交尾方法に例えて分類&分析した『恋する昆虫図鑑 ヒトとムシの恋愛戦略』が発売に! 著者は、昆虫大好き現役慶応ガールの篠原かをりさん。各話に挿入されるヒトコマ漫画と虫の絵は、人気漫画家の谷口菜津子さんが担当。本の中から厳選した3話をご紹介します!(全3回)

※ 連載中は最新の3話を公開しています。

リンジン目コマッタチャン科「カニグモ系女子」

おすすめ度  ★☆☆☆☆   生息地  女子会 安い居酒屋

 「彼氏がひどいの! また浮気してたの!」

 「夫が全然働いてくれなくて……」

 その話を真に受けて憤った人たちが「そんな彼氏、絶対別れるべきだよ!」と真剣にアドバイスしても無駄です。具体的な改善策を提示したところで「でもでもだって……」と、なんやかんや理由をつけて決して別れようとはしません。最後は「悪い人じゃないの」と擁護して惚気ムードすら漂わせます。

 どう考えても十分悪い人です。延々と相談という名の惚気を真剣に聞いていたこちらはすっかり脱力してしまうことでしょう。そんなことを何度も繰り返しているうちに周りも段々あきれて相手にしなくなります。

 何故、彼女たちは逃げようとしないのでしょうか。彼女たちは本当に悪い男から離れたいのではなく、悲劇のヒロインごっこに身を投じ、不幸な自分に酔っているのです。どんなにひどい男でも全く気になりません。彼女たちは恋人ではなく、けなげで可哀想な自分に恋をしているからです。その姿はさながら、湖面に映る自分自身に恋に落ちたギリシア神話の美少年ナルキッソスのよう。ナルキッソスは最後、湖のそばを動けずにやせ細って死んだとも、水面に映る自分に口づけしようとして溺れ死んだとも言われています。

 嵐のように泣きついてきては、散々こちらの時間を浪費したあげくケロッと去っていく彼女たちは、周りの人間からすると迷惑極まりない存在です。多くの人にとっては理解しがたい存在であることは確かなのですが、よく考えてみると、果たしてそんなにおかしなことなのでしょうか。

 どんなに惚れ込んだ恋人でも、裏切られたり死別したりと、離れなければならない状況に陥ることは大いに考えられます。しかし、一番好きなのが自分であれば、確実に死ぬまで一緒にいることができるのです。最愛の人と一生一緒にいる唯一の方法だと考えると、なんだか非常に合理的な気がしてきます。

 こんな不幸酔い体質の虫が存在することを知っていますか?

カニグモという小さなクモは、相当なクズのオスと不幸酔い体質のメスのカップルで、ろくでもない恋愛を展開します。クモのオスはメスより体が小さいため、交尾の際に食べられてしまうことがよくあります。そこでカニグモのオスは、話を聞いた女性なら誰しもが憤るようなとんでもない恋愛戦略をとることにしたのです。

カニグモのオスは、まだ小さなカニグモの女の子を誘拐して傍らに置き、成長するまで待って、メスが脱皮を終えてギリギリ交尾可能な大きさになった時にすかさず交尾するのです。まさに光源氏と若紫……と言えば、聞こえはいいのですが、その方法が卑劣なのです。なんとオスは交尾の際にまだうら若きメスを糸で縛りつけるのです。

 なんとか卑怯なオスからこの可哀想なメスを逃がしてあげたい――。優しい読者の皆さんはそう考えるでしょう。しかし、メスは暴れたり、抵抗する素振りを見せず、むしろうっとりしてるように見えます。それどころか、交尾が終わると自力で糸を解き、産卵に向かうのです。

 「それ自分でほどけるんかい!」

 糸はあくまで儀式的なもので、簡単にほどけるようになっているようです。同情して損したと言いたくなります。もう絶対お前の不幸話なんて聞いてやらないぞと心に決める方も多いのではないでしょうか。けれど、気をつけてください。カニグモは巣を張らず、物陰に潜んで獲物がくると不意に飛び出して襲いかかります。

 死角から急に飛び出す彼女たちの不幸自慢から逃れるのは至難の業です。
 

カニグモ系女子の特徴
●自虐的 ●話が長く、なかなか本題を話さない ●言い訳のレパートリーが多い
●恋愛に限らない不幸自慢も多い ●話が二転三転することもしばしば ●大げさに話す

 

カニグモ系女子の対処法

 普段主人公格になることの少ない彼女たちは、日常にドラマを求め、その結果たまたま訪れた不運にのめり込んでしまい、悲劇のヒロインを演じるのです。「そんなドラマみたいなこと、本当にあるんだね……」と神妙な顔をしておけば彼女たちの心は満たされます。逆にそれ以外の「解決に向けて動く」「具体的な改善策を提示する」などの方法では決して満たされず、話を聞かされた側も苛立ちが募るだけで、誰も幸せになれません。ちなみに一番してはいけないことは「そのくらいのことは誰にでもある」「私もあの時は……」などと言って〝不幸被せ〞をすることです。

 多かれ少なかれ、どんな人でも自分に酔う瞬間はあると思います。

 しかし、自分に酔うことは同じ酩酊状態をもたらすアルコールよりも、ずっと安全で健康に与える影響は少ないと言えるでしょう。未成年の急性アルコール中毒による死が問題になっている大学の新歓などでも、みんなで机を囲んで自分に酔えば無駄な死を減らすことができます。ただし、光景は変わらず地獄絵図です。あまりに頑なに改善を目指さない様子を見ていると「こいつの脳ミソはウニでできてるんじゃないか?」という疑問を持つ瞬間もあると思いますが、そこは寛大な心で受け入れ、そんな彼女たちを受け入れてあげられる自分の度量の広さに一緒に酔いましょう。

カニグモ系女子の特徴が胸に刺さった人は、ほどほどを心がけるようにするといいでしょう。同じ酔っぱらいでも暴れて引かれる人もいれば、「酔っちゃった……」とかわいく武器に変える人もいます。不幸自慢もほどほどに留めれば、異性の庇護欲をくすぐる最強の武器になります。ただし、同性の敵は五倍に増えることを覚悟してください。

 

カニグモ
クモ目・カニグモ科
生息地:世界中
特徴:巣を張らず、待ち伏せして獲物を捕らえる。前脚2対が長く、それを左右に広げた姿がカニに似ていることや前だけでなく横にも移動できることが名前の由来。動作はゆっくりとしていて普段は素早く動かないものが多い。物陰に隠れるだけでなく、ウツボカズラなどの食虫植物にすみ、餌を横取りする種類や鳥の糞に擬態して寄ってきた昆虫を捕食する種類なども存在する。

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篠原かをり 近況

最近めっきり寒くなりました。冬は昆虫の活動がグッと少なくなるのですが、逆にこの季節にしか見られない昆虫もいます。今、見頃の昆虫は雪虫です。白い綿状の蝋物質をまとうアブラムシの総称で、ふわふわと風に舞う姿はまさに粉雪。人間の手の熱でも弱って飛べなくなってしまうので、眺めるだけにしましょう。

プロフィール

1995年横浜市生まれ。横浜雙葉高等学校卒業。慶應義塾大学環境情報学部在学中。第10回「出版甲子園」グランプリを受賞(本書が受賞企画)。「昆虫をこよなく愛する理系女子」としてテレビやネットで活躍するほか、数々のクイズ番組に出演するなど、クイズ・クイーンとしての顔も持つ。(イラスト:谷口菜津子)

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