この記事の連載

 3年ぶりとなるエッセイ『私だけの水槽』を4月19日に刊行した俳優の松井玲奈さん。近年は作家としても活躍している松井さんの「ありのまま」に迫りました。(全2回の前篇。後篇を読む


――エッセイの連載が始まったのが30歳になる直前だったそうですね。連載のテーマはどのように決まったのですか?

 30歳になる頃、インタビューなどで毎回「30歳になることについてどう思うか」と聞かれた時期があったんです。私としては、30歳の誕生日を迎えたからといって何も変わらないですし、昨日の続きの自分しかいないと思っていたので、「節目ですね」と言われてもモヤモヤた気持ちがありました。

 そんな時にちょうどエッセイの連載のお話をいただいたので、「ああ、年齢のことを書きたいな」と思ったところから、今回のテーマを決めていきました。

 エッセイの1本目は思いっきり年齢について書いていますが、「もし自分がこうだったら」「こういう人生だったらどんな自分になっていたか」というのを考えながら書いてみたいと思っていたので、『私のもしも図鑑』というタイトルで連載を始めました。

 でも連載を進めていく途中で、書きたいことがだんだん「もしも(if)」から離れていったので、少し「もしも」という枠から離れても、その時自分が書きたいことや向き合っていることにまっすぐに向き合えるような連載になればいいな、と思って書き進めていきました。

――書籍化にあたり、5本目の『私だけの水槽』をタイトルに選んだのは、この作品に特別な思い入れがあるからですか?

 この企画がはじまった2021年は、少しずつ「日常」が戻ってはいましたが、まだコロナ禍の影響で、世の中に閉塞感が漂っていました。なので、これまでのように「どこに出かけた」とか「何を食べた」みたいなことは書きにくいというのがありました。

 そんな時に、たまたま地下鉄の駅で見た一枚の絵画がとても印象的で。漆器などに施される、貝殻の内側の真珠層をはめ込む螺鈿という技法を使って魚たちの姿が描かれた絵だったのですが、まるで本当に魚が水槽の中で泳いでいるように見え、感動してしばらくその場に立ち尽くしてしまいました。その感動を書いたのが、表題になった「私だけの水槽」です。

 今回の書籍化に伴い、あらためて連載を読み直してみたところ、大変なことや苦しいこともありましたが、美しいものとの出会いや楽しいこともあった2年間だったことを思い出しました。そして、自分もこの絵の中の魚たちのように自分自身の水槽のなかでいきいきと泳いでいけたらいいなという思いが強く湧き上がってきたので、これをタイトルに選びました。

2024.04.28(日)
文=相澤洋美
写真=佐藤 亘