先日、5年ぶりの来日を果たしたジャネット・ジャクソンは、日本のアーティストにも多大な影響を与えてきた。なかでも代表格は安室奈美恵だろう。激しく踊るダンサー歌手のDNAはK-POPにも継承されており、最近ではBLACKPINKの公演でもジャネットへのオマージュを捧げる白黒スクリーンが登場していた。

 スーパースターたるジャネットだが「世界一有名な兄弟」の陰でデビューした末っ子でもある。ジャクソン家の子どもは総勢10人、そのうちの1人は、マイケル・ジャクソンだった。才能溢れる家系に生まれたジャネットの人生は波瀾万丈だ。

インタビューで聞かれるのは兄・マイケルのことばかり

 ものごころがついた頃、すでに兄たちはジャクソン5として世界一の人気グループになっていた。ジャネットにしても、厳しい父のもと、7歳の頃からナイトショーに出演したり、演技の仕事をしたりしていたが、本人は芸能人ではなく弁護士を志望していたという。しかし、兄たちが独立したタイミングで、父の意を受け歌手としてデビューする。わずか16歳の頃である。

 実際、ジャネットには音楽の才能があった。ダンスのみならず作詞作曲もできたのだ。しかし、創作の権限を与えてくれない父のもとで憔悴していき、自立したいという想いを強めた。

 そこで決行したのが、18歳での極秘結婚。「自立するには結婚」だと思い至ったのだという。相手は、同じく兄弟グループでジャクソン家としばしば比較されていた「デバージ」のメンバー。しかし、結婚式直後に夫が失踪して数時間置き去りにされたことから始まり、波乱の結婚生活がつづいた。相手は薬物依存症だったのだ。「世間知らずだった」と回想するジャネットは、1年で結婚生活を終えた。

 1980年代、父から商業的な独立をようやく果たしたジャネットは「私の人生の主導権を握るのは私だ」と宣言するアルバム『コントロール』をリリースし、キャリア初となるビルボード200首位を獲得する。政治色の強い次作『リズム・ネイション1814』によって正真正銘のトップスターとなった。

 それでも取材やファンからマイケルのことばかり聞かれるという憂き目に遭っていたが、「ジャクソン家ではなくジャネット個人」だと宣言するアルバム『ジャネット』でさらなる高みへとのぼった。当時再び極秘結婚をしていた映像作家の夫とともに、力強いセクシーアイコンとしての地位を確立してみせたのだ。

 才能と努力によって「マイケルをしのぐスター」とまで言われるようになっていたジャネットだが、二度目の離婚後、1秒でキャリアが崩壊する出来事に見舞われる。

2024.03.16(土)
文=辰巳JUNK