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娘をとられたやっかみから始まったといわれる「むこ投げ」

 その時、道の先からブオオオ! とホラ貝の音が聞こえてきた。駆けつけてみれば、「担ぎ出し」といって、本日投げられる和服姿の「むこ」2人が騎馬戦のようにそれぞれ3人組に担がれてちょうど旅館を出発するところであった。2人の「むこ」は、これから投げられるというのに、ニコニコと笑顔である。

 聞けば、担いでいるのはそれぞれの「むこ」の友人たちで、着物姿で寄り添っている女性が新妻だそう。ホラ貝の高らかな音とともに出発。「わっしょい! わっしょい!」の掛け声に合わせて一行は温泉街を抜けた先にある施設「湯守処 地炉(じろ)」へ向かう。途中、沿道の住民からは「おめでとう!」と声がかかる。

 「地炉」とはいろりのこと。体験施設でもある「湯守処 地炉」は築100年の古民家を移築した施設で、温泉街の人たちの寄り合い所としても使われているらしい。ここで新婚夫婦の親族や松之山温泉の人々が酒を酌み交わす。宴もたけなわの頃を見計らって地元の人に話を聞いてみた。

「むこ投げの起源がおもしぇって? よその集落の男に村の娘、とられて、悔し~!! って。おめでとう半分、悔しさ半分だったんでねっかな。そんで小正月に嫁の実家に泊まりにきた『むこ』を村の男たちが家に押し掛けて担いでさらって、神社から投げた。それが行事になったっそうだよ」

 村の男たちはどれほど悔しかったのか。最初に投げられた「むこ」の妻は、よっぽどかわいくて気立てのいい村娘だったのだろう。みんなが狙っとったマドンナとられて悔しいぞ! せめてあいつ雪の中に投げるか! ……そんな男衆の荒っぽい歓迎に、当時の「むこ」はずいぶん戸惑ったに違いない。

 一方でこんな話も聞いた。

「元々はこの温泉街のある湯本集落ではのうて隣の天水越集落の行事でね。同じ松之山地域同士なんだども、戦後、天水越集落では冬場に出稼ぎで男衆がいのなるすけ、もう続けられんくなって。伝統が消えてしまうのはもったいねえと湯本で引き継いだんだ」

2024.02.25(日)
文・撮影=白石あづさ