この記事の連載

 2023年秋、発表になったCREA夜ふかしマンガ大賞2023。作品を推薦してくださったマンガ好きの30名の皆さんが、大賞に推した作品とその熱い推薦コメントを一挙にご紹介します。

 人生に影響を与えた作品や読書スタイル、いま注目の作品も伺いました! マンガ愛に溢れた回答を全6回に分けて紹介します。

» 三浦天紗子さん[ライター・ブックカウンセラー]
» 南川祐一郎さん[DMMブックス 営業マネージャー]
» 八木泉さん[ジュンク堂書店池袋本店コミック担当]
» 山脇麻生さん[ライター・編集者]
» 和久井さん[少女マンガ研究家]


三浦天紗子さん[ライター・ブックカウンセラー]

Q1:夜ふかしマンガ大賞に推薦する作品は?

●『取るに足らない僕らの正義』川野倫/トゥーヴァージンズ

 ブレイク寸前だったシンガーソングライターのアカウントが消え、彼女の歌や存在を生きるよすが(縁、拠り所)にしていた男女が、自らの過去と向き合うというストーリー。

「純粋なファンや元彼、元同級生らが彼女を見つめ、関わる。シンガーソングライター自身の、あまり器用とはいえない生き方も、ポエティックに描かれていく。心にぽっかりと開いた穴をいまはどうにもできないけれど、このまま生きていくしかないのだなという、ほろ苦い諦観と、その向こうにある希望。登場人物たちが感じたそんな思いを、味わったことがない人はいないだろうと思います」

●『けむたい姉とずるい妹』ばったん/講談社

「じゅん(姉)と、らん(妹)は、もともと母をめぐって確執のある姉妹だった。そこに律という男性が加わり、その確執を深めることになる。誰が考えても難しい三角関係だし、ここまで複雑だと、かえって作りものめいて見えたりするものだが、それが全然ない。三者三様の本音が繊細な言葉で吐露されていて、みながズルさも愛情も持っていて、それゆえにリアリティが増しているのが凄いと思う」

●『みちかとまり』田島列島/講談社

「1巻なので断言はできないけれど、これまでのほのぼのとしたボーイ・ミーツ・ガールとはひと味違う、オカルトというか土俗的な信仰というか、ファンタジックな要素を色濃く出た作品。まりという女子小学生と、みちかという〈竹やぶに生えてた子ども〉の、ガール・ミーツ・ガール。しかもまりがみちかの運命を担うため、ふたりは一種の運命共同体とも言えるのだ。『ちょっと待て』という仰天エピソードもありますが、民俗学的な空気が作品をどう支配していくのか、2巻以降が早く読みたいです」

Q2:人生で影響を受けたマンガは?

●『日出処の天子』山岸凉子/KADOKAWA

 厩戸王子(聖徳太子)を独自の解釈で描いた歴史ファンタジーロマン。物語は蘇我毛人と厩戸王子との運命の出合いから始まる。

「厩戸王子の10歳から20歳くらいまでの10年が描かれます。異能の存在ゆえに孤独。そのために人一倍、愛を求めているのですが、例えば母からの、周囲からの真っすぐな愛を受けたことのない厩戸には、愛するとはどういうことかがわからない。厩戸の気持ちを想像すると胸が痛くてならないけれど、誰もがそうした根源的な寂しさと無縁では生きられないのだということも、ひしひしと学んだ作品です」

Q3:夜ふかしマンガの楽しみ方は?

「紙派。お気に入りの個人経営のマンガ喫茶がありまして、そこで長居して夜更かしするのは至福」

Q4:いま、特に注目している作品は?

●『クジャクのダンス、誰がみた?』浅見理都/講談社

「警察官の父を殺されたヒロインの心麦(こむぎ)。父は、心麦に逮捕された青年の冤罪を示唆する手紙を遺していた。しかも、父は一家6人が惨殺された東賀山事件を追っていたことがわかり……。絡み合う元警察官殺人事件と、東賀山事件。心麦と父親に血の繫がりがない疑惑まで出てきて、ミステリー要素たっぷり。展開がひたすら楽しみです」

Q5:いま、読み返したい名作は?

●『アンダーカレント』豊田徹也/講談社

「失踪した夫を待って、銭湯経営を再開したヒロインのかなえ。素性不明の男を手伝いとして雇うが……。夫婦であっても“誰かとわかり合う”ことは簡単ではないし、その哀しさから自分を見つめると見えてくるモノがある。人の心の計り知れなさを繊細に描いたコミックで、画力も抜群。映画化が決まったので、入手困難だったのが復刊したのはうれしかったけれど、本作自体が映画を観るのと変わらないビジュアルの表現力とクオリティーなのです」

Q6:とにかく泣きたい夜におすすめの作品は?

●『ツレ猫 マルルとハチ』園田ゆり/講談社

「マイルドに描かれていますが、野良猫の過酷な環境と、それゆえに生まれる猫たちの人間不信に、ショックはあります。だからこそ、それでも健気に生きる猫たちを通して、命というものの美しさに揺さぶられます。第3巻では、野良猫が保護猫になってひと安心ではあるので、涙腺が弱い方にもおすすめできます」

Q7:期待の新人作家とその作品は?

●『夏・ユートピアノ』ほそやゆきの/講談社

「2作入っていて、特に表題作の情報量と熱量がもの凄いです。ピアニストの母を持ち、自らも才能があって目指していた響子が、弱視というハンデのせいで挫折しかかっています。その彼女の演奏に惹かれる新は調律師志望の女性で、同じく調律師の父の指導のもと、修行を重ねています。ふたりの不器用なコミュニケーションが少しずつ花開いていくさまが感動的かつ、その調律世界の面白さをかみ砕いてマンガにしている手腕もお見事」

三浦天紗子(みうら・あさこ)さん
ライター・ブックカウンセラー

『CREA』『an・an』をはじめとした女性誌や、文芸誌などで書評やインタビューを担当。著書に『震災離婚』(イースト・プレス)など。

2024.02.01(木)
文=大嶋律子(Giraffe)