――昨日、選考委員の講評でも日常の中にふわっと非日常が入ってくる、そのバランスの良さが評価されていました。そういえば前に好きなファンタジーについて、パターンに分けて説明してくださいましたよね。

万城目 竜が登場する物語には3パターンあるという話ですね。『指輪物語』のように、はじめから竜がいる世界で話が展開するパターン1。

『ナルニア国物語』や『ハリー・ポッター』シリーズのように、こちらに日常があって、扉の向こうに異世界があって、お互い干渉しない、行っても帰ってくることができるのがパターン2。

 パターン3は、何の説明も注釈もなく、この日常のどこかに普通に竜が存在している話。僕はパターン3を採用しがちなんです。そっちのほうが想像の余地があるというか、読み手としても書き手としてもイマジネーションを刺激されるんです。

 この場合、はじめからあるものはあるというテイで話が進むので、説明なしに非日常が作品のなかに紛れこんでくる。ただし、やりすぎると嘘くさくなります。自分では日常が9割、非日常は1割の案配で書いています。

「今までは直木賞が横にいて…」

――受賞してメンタル的に楽になって、今後万城目さんの中で何かが変わっていくんですかね。

万城目 どうですかね。1年前に受賞している小川哲さんには「権威を持っちゃったから、いじけキャラはもう使えないですね」って言われました。確かにいじけて厭世的に振る舞うスキルは、使い勝手もよく、かなりレベルアップしていたのに強制ジョブチェンジです。

――これからは何キャラになるんですかね。

万城目 なんやろ。案外、アイデンティティーにかかわる深刻な問題かもしれない(笑)。今までは直木賞が横にいて、一緒にぼやき漫才をしてくれていた。観客のウケもよかったのに、受賞したことでひょっとしたらコンビ解散してしまったかもです。今までは、どんなに文句を言っても受け止めてくれて、直木賞に甘えていたのかもしれない。獲ったらいなくなる存在だったのか、直木賞。

――ピン活動開始ですね。では、次の刊行物は何になりますか。

万城目 「六月のぶりぶりぎっちょう」を入れた単行本になるのかな。京都という街で、生者と死者がすれ違う話であることは共通していますが『八月~』とは対照的な内容なので、A面とB面のような関係性の本になると思います。レコードやカセットを知らない若者のみなさん、古いたとえですみません!

《直木賞受賞》熊との死闘の先に、凄まじい結末が…作家・河﨑秋子が「令和の熊文学」に込めた思い〉へ続く

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2024.02.06(火)
文=瀧井朝世