八月の京都の暑さに勝てる者などいない。

 すべての者は平等に、ただ敗者となるのみ。

 連日の炎暑にやられ、身体から力が抜けていく。脳みそからあらゆる前向きな意思や意欲が溶け出し、コンクリートに焼きついた影といっしょに蒸発していく。

 誰かが、「京都は毒沼のようなものだ」と言っていた。そのとおりかもしれない。「ようこそどすえ」の笑顔に釣られ、碁盤の目の町に引きこまれたが最後、初々(ういうい)しかったはずの若者の心は、曖昧に、確実に蝕(むしば)まれていく。ただでさえ物理的サウナの如き町に暮らしながら、さらに瘴気(しょうき)が立ちこめる精神的サウナで心を整えること三年と四カ月と一週間。俺もすっかり毒気に当てられてしまったということか。四回生の夏休み、本来ならば目の色を変えて就職活動に励まなくては、いや、あがかないといけない時期なのに、すべてを諦め、バイトもせずにただ怠惰に日々を暮らしていても、へっちゃらな人間に成り下がってしまった。

 夕方の六時が近いというのに、いっこうに暑さは落ち着く気配を見せない。町の空気は絶望的なくらいに粘っこく、Tシャツが背中にべたりと貼りつく。

 八月の暑さに負け、京都という町にも負け、なぜ俺は額に汗かき、三条木屋町(きやまち)を目指して自転車のペダルを漕いでいるのか。

 それは、多聞(たもん)が焼肉を奢ってやる、という連絡を急に寄越してきたからだ。

 多聞は金を持っている。本人のアルバイトの稼ぎによるものなのか、それとも彼がボーイとして働いている祇園(ぎおん)のクラブのママさんからの小遣いなのかは、よくわからない。しかし、タダで肉を食わせてやるという誘いを断る手はない。

 高瀬川に面した雑居ビルに入っている、指定された焼肉屋に到着すると、「おう、朽木(くちき)」と名前を呼ばれた。すでに多聞はひとり丸テーブルに陣取り、キムチをぽりぽりと齧りながらビールを飲んでいた。

「焦げたな」

2024.02.01(木)