「ヤマウチ デス」と、その男は握手を求めてきた。

(日本語で話しかけてくれているのか?)

 西崎から聞いていた事前情報からかなり気難しい性格であると推測していた私は、混乱しつつも握手に応じ、「よろしくお願いします」と完全に日本語で応答していた。ヤマウチは続けた。

「Fukkin, kyokin, jowan-nitokin, subete kitaereba kimimo……」

 私は一言も聞き逃すまいと、咄嗟に内ポケットに忍ばせていたメモにヤマウチの発する言葉を記録した。

「PERFECT BODY」

 確かにそう聞こえた。英単語を自分自身の耳が理解できたという高揚感が脳を満たし、「わかりました」と大きく頷いた。

「わかりました、じゃないでしょ」

 ヤマウチは日本語のイントネーションでそう言った。訳がわからなかった。アメリカ帰りの英語しか喋れない優秀で知られる上司が、私のために日本語を喋ってくれているのか。

 様々な可能性が脳をめぐる中、ふと西崎を見ると、彼は下をむき必死に笑いをこらえていた。その時になって私ははじめて、先輩社員の仕掛けたドッキリに引っかかっていたことに気づいたのである。

歓迎会後に議事録作成

 初日から「クライアントとの会議だから準備して。あと議事録とって」と言われ、クライアント先を一緒に訪問することになった。私がはじめてアサインされた仕事は、プロジェクト自体が開始して間もなく、クライアントとの初回キックオフの会議が、私の社会人初の会議となった。

 私は高揚していた。入社から1ヶ月と2週間、研修の成果をついに発揮する時が来たのだ。研修中、プログラミングについては大学院の研究やインターンで経験済みの同期の後塵を拝していたが、議事録については上位の評価を得ていた。今こそ月給に報いなければならない。

 そう思い、クライアント先の会議室でメモをとろうと胸ポケットに手を入れた瞬間、自分がペンすら持っていないという衝撃の事実に気がついた(当時は会議先にPCを持参せず、資料は紙に印刷し、議事メモも紙でとることが一般的だった)。

2023.04.20(木)