俳優として、監督して悩み続けた最新作

――音楽活動に関してはインドネシアを拠点にされていますが、それはなぜでしょうか?

 台湾に拠点を移したときに、台湾のミュージックシーンが中華圏でかなり影響力があることは現地で体感していました。でも、インドネシアのミュージックシーンのほうがかきたてられるものがあるんです。インドネシアは、国の成り立ちも多民族の幅も、他の国とはどこか違う。オランダの植民地だったので、ヨーロッパの影響も大きいし、華僑も多いし、パキスタンやヒンドゥー系のカルチャーも強い。そういう要素が、音楽ビジネスが発達している・していないとは別の意味で、音楽にも表れているんです。ロンドンやニューヨークのアンダーグランドカルチャーがパンクやラップで発展していったように、現にジャカルタのコタ地区ではファンコットというジャンルが生まれています。アメリカ国籍を持つ華僑系のインドネシア人のプロデューサーと知り合ったことで、そういうことにいろいろ気づかされたんです。

――最新作『I am ICHIHASHI ~逮捕されるまで~』では主演のほか、主題歌を担当。さらには監督にも初挑戦されました。海外で活動されていることもあり、当初この事件のことは知らなかったんですよね。

 そうですね、日本での初仕事でこの映画の主演の話をいただいたのですが、事件のことをリアルタイムでは知らなかったので、主役を演じる身として事件をゼロから調べていくうちに、自分が離れていた日本でこのような事件が起こっていることに疑問をたくさん持ったんです。現代人に潜む現実逃避、責任回避の問題の大きさを含む市橋の心の闇は、現代人だれにも通じるところがある。それをこの事件が「他の事件よりも明確に」表わしていると思いました。そんな中、映画のプロデューサーから犯人と同世代で海外で生活をして、世界の色々な問題を肌で感じてきた人間として、この作品を監督してほしいというオファーを受けました。だからこそ色々な問題やリスクがあっても監督をして、自分の目でもう一度見つめ直したいと思う気持ちが出てきました。自分のキャリアにリスクがある可能性が強くても、二度とこのような事件が起こらない社会にする為にもこの事件に向き合い、映画としてメッセージを伝えたかったんです。

――初監督の感想はいかがですか?

 これまでいろんな監督と組んできた中で、自分のいちばんいいものを見定めてくれる存在だと信じているマク監督に監督補に入ってもらえたのはうれしかったですね。彼女とまた仕事ができたことがうれしい。僕は俳優としては経験があっても、映画制作に関してはまったくの素人。そこをサポートしてくれた日本の優秀なスタッフにも感謝したいですね。

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2013.11.08(金)
text:Hibiki Kurei
photographs:Atsushi Hashimoto
beauty direction:Isao Tsuge
styling:Makoto Washizu