イヌやネコ、パンダやコアラ、ウシやブタやウマについて、私たちはそれなりのことを知っている。ペットとしてその生態を知っている。動物園での観賞対象としてその外見の面白さを知っている。あるいは家畜としてその利用価値を知っている。

 だが、日本のあちこちにあまねく住み着き、見かける機会も少なくない、とある動物のことについてはほとんど知らない。ところで、あなたは次の問いに答えられますか?

「タヌキは肉食か? 草食か?」

「タヌキの絵を正確に描けるか?」

「タヌキは人を化かすのか?」

 即答できなかったあなたに薦めたい本がある。佐伯緑著『What is Tanuki?』(東京大学出版会)である。著者の佐伯氏は、タヌキの魅力にどっぷりハマってしまった動物生態学者。本格的な研究書ながら、タヌキへの深い理解と溢れんばかりの愛が詰まった本書から一部を抜粋して紹介する。

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緩くもしたたかな性格

 タヌキは気が強いとはいえないと思う。今まで箱罠で捕まえたときタヌキに怒られたことはない。アナグマやハクビシンや野ネコ、北米ではアメリカテンが、捕獲者である私が近づいただけで罠のなかから威嚇した。

 気が荒いといわれるアライグマは捕獲時にはおとなしかったものの、放逐するときに罠から出るよう枝でつついたら怒られた。まぁ、そりゃ怒るだろうね。その後「手招き」(罠の扉を開け、手だけ前に出して振る。危険なので真似しないでください)で出てくれた。

 アナグマやアメリカテンもこの「手招き」で出てくれたが、タヌキには効かない。つまり、気の強いアライグマやイタチ科は、私の手を攻撃しようとして出るのに対し、タヌキは奥にうずくまってしまうのだ。個体差はあると思うが、諦めがよいのもタヌキのような気がする。深夜の見回り時に、罠のなかで眠っていたタヌキがいた。すぐ起きたので狸寝入りではないと思うが。

 タヌキが怒っているのは、わかりにくい。フゥーン、ググググと唸っているが、顔はぜんぜん怖くなくて悲しそうにさえ見える。オオカミやイヌのように鼻にシワは寄らない。極限まで興奮すると、ちょっとネコっぽい。体を逆さU字にし、毛は尻尾まで逆立ててまんまるになる。

2022.09.16(金)
文=佐伯 緑