女性だけが所属する宝塚歌劇団で、“おじさん”役を究め、その振り切ったキャラクター造形と、リアルな演技に、高い技術力も兼ね備え、名バイプレイヤーとして人気を博した天真みちるさん。

 自身の宝塚人生を振り返り、ユーモアたっぷりに綴った著書『こう見えて元タカラジェンヌです』がいま注目を集めています。

 その深い宝塚愛と、物事を少しシニカルかつユーモラスにとらえる視点の面白さ、今後の展望などについて伺ったインタビューの後編です。

» 天真みちるさんインタビュー【前編】はこちら


袖で見ている人にも笑ってもらえるよう演じたいと思ってやっていました

――6月に出演された『激レアさんを連れてきた。』というテレビ番組でも紹介されていましたが、おじさんの生態を知るために、おじさんたちが集う居酒屋に足を運んだりもされていたと。役づくりへの情熱とはいえ、清く正しく美しいタカラジェンヌとしての抵抗はなかったんですか?

 私としては、それよりも愛の言葉を囁くほうがよっぽど難しかったです。お前が言うんかい、と思っちゃって(笑)。

 かっこいい役はそういう方にやっていただいて、私は泥酔して介抱されるおじさんを演じるほうが自分を捨てられた、というか。

 歌劇団の上層部にも、いろんなタイプのおじさんがいるんですが(笑)、稽古場で「今回は◯◯さんぽくやってみますね」って言うと、みんな知っているからすごく笑ってくれるんです。

 台本をもらうと、ちなつ(鳳月杏さん)と「この役、上層部だったら誰っぽいかな?」とかって話もして、役づくりの参考にしていました。

 同期をはじめ、舞台袖で見ている人にも笑ってもらえるように演じたいと思ってやっていたし、自分も楽しく演じたいと思っていたのもありましたね。

苦労した役は『ポーの一族』のハロルド。役に対する拒否反応も!

――かなり具体的な人物モデルを決めるんですね。

 最初はモデルの人の真似から入って、その調子でセリフをしゃべって矯正していく。

 そうやっているうちに、自然と役が自分の中に落ちていくんです。

 でも『ポーの一族』のハロルドという役は……苦労しましたね。

 たまに、なんでこんなにふんぞり返っていられるんだろうと思うような、横柄なおじさんっていますよね。

 あなたには何の期待もしていません、みたいなことを平気で言ったり。

 自分の経験としても、そういう人と対峙しなきゃいけない場面があった時、あんな奴に呑まれるか!と思うからこそ、◯◯事件とかって名前を付けて、自分の中で面白おかしい出来事に変換してきたわけです。

 なのに、『ポーの一族』では自分がそれを言わなきゃいけない立場になってしまった。

 ハロルドに対する拒否反応が出てきて、セリフを入れることを自然と体が拒むんです。

 でも稽古していくうちに、嫌なことを言ってるな〜って思っていたのが、いつしか痛くも痒くもなくなっていることに気づくわけです。

 どうしても、役と自分って融合してきちゃうんですよね。何の抵抗もなく人を蔑んだ発言ができる自分が悲しかったですねぇ……。

 そこをうまく切り替えられるようになれたらよかったんですけれど。

宝塚の外の世界は考えられないくらい広く、自分でいくらでも選んで進んでいける

――その『ポーの一族』の公演を終えて、次の本公演作品で退団することを劇団に伝えにいったそうですね。天真さんの実力であれば、この先も演じ甲斐のある役があったと思いますし、勝手ながら、専科に異動されて在籍しつづけるものと思っていただけに驚きました。

 専科さんって限られた人だけがいられる場所で、そこを自分が目指すのもおこがましい……という気持ちはありました。

 専科には、それこそおじさん役を極めた方々がいらして、それを考えると、私はあくまでセカンドポジションなんです。

 在団中、そういう上級生の方にいろんな相談をさせていただいて。みなさん、目指す人が少ない世界だからこそ、ご自身が築き上げた“おじさん”を究める技を惜しみなく教えてくださるんです。

 すでにやり切ったなという気持ちで退団のタイミングを計っていた最中にも、責任感を持っておじさん役をまっとうされている上級生の方々が、ようこそこっちの世界へ、という姿勢でいろんなアドバイスをくださる。

 そんな状況のなかで、辞めるんです、って言うのも申し訳ない気持ちになって……。

――著書には、創り手側になりたかったと書かれています。でも、退団されて一度舞台から離れ、会社員になられたのは?

 最終的には、作品を創る側になりたいけれど、そもそもイベントごとってどうやって企画され運営されているのか、仕組みをちゃんと知りたいと思って、イベント会社に入ったんです。

 もしかしたら、劇団に演出助手として残るという道もあったのかもしれない。でも、宝塚以外の世界も知ってみたいと思ったんです。

 そういうことを漠然と考えている時に、退団されたOGさんにご相談させていただいて言われたのが「宝塚を辞めたら、世界は考えられないくらい広いし、そこからいくらでも自分で選んで進んで行けるんだよ」という言葉。

 そう言われて、まだまだ自分は視野が狭いんだなと思いました。

 ただその代わりに、「守ってもらえるものもなくなるよ」とも。

 自分で自分の身を守っていかなきゃいけなくなる、という話を伺った時に、武者修行じゃないけれど、一回宝塚から出なきゃダメだなと。

 ずっと育ってきた宝塚の世界の中にいて、作品を創るのも素敵だとは思うんです。

 でも自分には、一度外の世界を見ることが必要な気がして、それで出るなら今かなと。

2021.09.04(土)
文=望月リサ
撮影=鈴木七絵