スルタンも庶民も愛したトルココーヒー

 一方、コーヒーカップコレクションではトルコ産のみならず中国やヨーロッパからの輸入物まで、オスマン・トルコ帝国時代に集められたあらゆるカップがそろっていて、かなりの見ごたえだ。カップの底に銀細工の小さな半球のものが張り付いているカップは、龍涎香やアヘン入りのコーヒーを飲みたい人のために作られたものだというのもなかなか面白い。

コーヒーカップコレクションを見ていると、時代の流れと共にカップの形状も変化してきたことがうかがえる。意外と持ち手がないカップが多い。

 細密画や絵画に表現されたトルココーヒーシーンも貴重なコレクションだ。コーヒー職人たちのポートレート、外国からの来賓にコーヒーをふるまうスルタン、祝いの式で供される様子など、当時いかにコーヒーが特別な飲物であったかがうかがえる。また、歌やダンスを鑑賞しながらコーヒーを飲むハレム女官の絵など、「心地よくって楽しいのが大好き」という現代の私たちとそれほど変わらないのではないかと思わせる。

あるコーヒー職人長の細密画。かなりいい服装をしているため、地位が高いことがうかがえる。

 個人的に興味深かったのは、カイセリ県の村々にある墓石コレクションだ。昔から墓石はその人の人生を表すキャンバスとしての役割を果たすことが多いものだが、この地域の墓石には豆を炒る丸鍋やコーヒーピッチャー、カップなど、トルココーヒー関連の絵が彫り込まれている墓石があるという。こうした地方の村人の墓石にまで登場するほど、コーヒーは昔から生活に深く入り込んだオブジェだったのだろう。

カイセリ県の村の墓石たち。コーヒーグッズのレリーフが彫り込まれている。

 こうしてコーヒーはオスマン・トルコ帝国からヨーロッパに、そして世界に広まっていたのだが、ヨーロッパのコーヒーが独自の発展をしたのに比べ、トルココーヒーは当時からほとんど変わっていない。例えば展示されているジェズベなど、現代使われているものとほぼ同じだ。トルコ人は昔ながらの嗜好をなかなか変えられない保守的なところがあるが、そのおかげで今の私たちが飲むトルココーヒーと、約500年前にトプカプ宮殿でスルタンたちが飲んでいたものがほぼ同じ味というのは、ある意味とてもぜいたくなことなのかもしれない。

 最近またトルココーヒー人気が再燃しているトルコだが、ここまで歴史や文化に掘り下げた展示は珍しい。この特別展は2015年6月15日までの開催。

昔ながらのトルココーヒーを淹れてくれる、ピエール・ロティ・カフェの厨房。展示品とほとんど同じ道具がそろう。
トプカプ宮殿内ディワン隣にある「博物館のコーヒー屋さん」。店内ではお土産としてのトルココーヒーも購入可能。

安尾 亜紀 (やすお あき)
イスタンブール在住。イスタンブール大学大学院女性学研究所卒。女性誌や料理誌、報道関係まで幅広い分野でライター・コーディネーターを担当。トルコの「おいしい・楽しい・新しい」を中心に、All Aboutトルコ・イスタンブールでも情報発信中。

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文・撮影=安尾亜紀