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同じフロアで別テーマの展示作品と出会えるチャンスも

 今年の「美術館の春まつり」は各展示室のいたるところに春の名作が展示されているため、“アートの春”をたどっていると、別のテーマの展示作品も目に入ってきます。2階では、新収蔵作品であるジェルメーヌ・リシエの《蟻》も特別展示されていました。

 1902年南仏アルル近郊に生まれ、チューリッヒやパリで活躍した彫刻家のリシエは、第二次大戦後における女性彫刻家の先駆的存在の一人。1953年に制作された《蟻》は、女性の身体と蟻の身体が組み合わされた生き物が、ブロンズとワイヤーで造形されています。リシエ本人は、このように人間と動植物や昆虫を組み合わせた彫刻を「ハイブリッド(異種混合)」と呼んでいたといいます。

「離れたり、近づいたり、角度を変えたりと、さまざまな見方をするとまた違う表情が見つけられるのがアートの面白さ。とくに立体は周囲を360度ぐるっと回って見るといろんな発見があります」(一色さん)

日本屈指のアートコレクションで春を満喫する「美術館の春まつり」

 今回訪れたMOMATの「美術館の春まつり」。一色さんもすっかり春を堪能したようです。

「桜ひとつとっても、いろんな表現があるんだなと気づかされましたね。玉堂の川と花筏から始まり、雨と桜、芽吹く前の冬の裸木と見て回って、休憩をとりに『眺めのよい部屋』へ立ち寄ったら、窓の外には桜景色が。そして最後に満開の桜の絵を見上げる。いうなれば“文化的お花見”を満喫した気分です。毎年この展示を心待ちにし、玉堂の《行く春》を見ることを年に一度の楽しみにしている人や、今年はどんな作品が展示されるんだろうと想像している“春まつり上級者”がいるのもうなずけますね」と一色さん。

「今日は主任研究員の成相さんのお話を聞きながら見て回ることができたので、いっそう作品が深みを増したように感じました。『美術館の春まつり』では、MOMATのガイドスタッフによる所蔵品ガイドや、『春まつりナイトトーク』が行われるそうなので、参加してみるのも楽しいと思います」(一色さん)

 コレクションを持つ美術館では、今回のように一歩踏み込んだ鑑賞ができるよういろいろと工夫して展示の企画をしているため、ウェブサイトなどで調べてみるのも美術館巡りを満喫するコツのひとつかも、と一色さんは話してくれました。

「見る側としても、この美術館に来ればこういうコレクションが鑑賞できるんだと知っていると、ご当地感のような有難みがいっそう増して楽しめますよね。MOMATには東京の中心地という立地にふさわしい、日本を象徴するような作品が揃っています。『美術館の春まつり』も他の美術館ではできないような力のある作品ばかりで、MOMATの底力を改めて見せつけられたような気がしました」

 一色さんの作品名にも取り入れられている「ユリイカ」という言葉は、「見つけた!」という意味を持つギリシャ語に由来する言葉。物語では、美術館を訪れる旅の中で主人公がさまざまなアートと出会い、心の中で「ユリイカ!」と叫ぶような体験を重ねていきます。

「そんな出会いをした作品と何度でも向き合えるチャンスがあるのが、コレクション展示の良さですよね。私の『ユリイカ』シリーズにしても、あの土地のあの美術館に行けばあの作品があるというコレクションのおかげで物語の着想を得られました。MOMATの『美術館の春まつり』で、美術館のコレクションが持つ魅力に改めて気づかせてもらえました」

一色さゆり(いっしき・さゆり)さん

1988年、京都府生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業後、香港中文大学大学院修了。2015年に第14回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、翌年に受賞作『神の値段』でデビュー。主な著書に『ピカソになれない私たち』『カンヴァスの恋人たち』、「コンサバター」シリーズ『ユリイカの宝箱―アートの島と秘密の鍵』など多数。

美術館の春まつり2024

場所:東京国立近代美術館
所在:東京都千代田区北の丸公園3-1
開催期間:2024年3月15日(金)~4月7日(日)
開館時間:10:00~17:00(金曜・土曜は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし3月25日は開館)
「美術館の春まつり」展示作品は、所蔵作品展「MOMATコレクション」チケット、または企画展 「中平卓馬 火―氾濫」チケットで観覧することができます。
イベントなど詳細はHPまで。

オリジナルグッズで春をお持ち帰り

MOMAT1階エントランスには、「美術館の春まつり」ポップアップショップが登場。展示作品の桜や花などのモチーフをあしらったマグネットや一筆箋、風呂敷など、春らしさがあふれるオリジナルグッズが販売されています。アートな春をお持ち帰りしてみては?


風流なお休み処でお花見休憩も

「春の美術館まつり」開催中は、美術館の前庭に風流なお休み処が設置され、桜を眺めながら休憩することができます。
レストラン「ラー・エ・ミクニ」によるキッチンカーも登場し、特製お花見弁当や、この時だけのスイーツやドリンクメニューも販売されます。美術館内で春らしい作品を鑑賞した後は、前庭に出て満開の桜を堪能するのも素敵。キッチンカーの営業時間は11時~15時。

次の話を読む料理というアートを堪能する 東京国立近代美術館内のレストラン 「ラー・エ・ミクニ」

2024.03.16(土)
文=張替裕子(Giraffe)
写真=杉山秀樹