本作は、六篇からなるオムニバス作品で、それぞれのタイトルは掲載順に次のようになっている。

 マケット

 上代裂(じょうだいぎれ)

 ヒタチヤ ロイヤル

 乾隆御墨(けんりゅうぎよぼく)

 栖芳(せいほう)写し

 鶯文六花形盒子(うぐいすもんろつかがたごうす)

 タイトルからして専門的すぎて、それぞれがいったいどんな話なのか、目次を見ただけでは皆目見当もつかなかった。だがまずはとにかく読み進めていくと、いつのまにか自然に「黒川ワールド」にどっぷり浸かっているのだから、不思議である。

 まずはごく簡単に、それぞれの作品の要約と、読みどころの紹介を試みよう。

「マケット」

 亡くなった近代抽象彫刻の大家の姪を名乗る人物が、美術年報社の美術雑誌、「アートワース」編集顧問・菊池に、叔父の残したコレクションを処分したいと持ちかける。菊池の部下で、「アートワース」編集長の佐保が姪を訪ねると、高さ三〇センチほどのブロンズでできたマケット一四点が残されていた。

「マケット」とは可愛らしい響きの言葉だが、それが彫刻作品の縮小模型の事だというのは、この作品で初めて知った。黒川氏も京都市立芸術大学美術学部彫刻科のご出身。この“マケット”を多く手がけてこられたのだろう。

 佐保は、この高名な彫刻家のシルクスクリーンはよく見かけるが、本命の立体作品を扱っている画廊、画商が見当たらないところから、「これは金になる」と睨み、姪に取り入って、自分に有利になるよう売却話を進めていくのだが……。

 姪が佐保に、抽象彫刻などさっぱり理解できない、と言った時の返しが興味深い。

「一般の美術ファンにとって抽象彫刻はもっとも遠いところに位置するものであるというのが、わたしの意見です。……好きか嫌いか、作品を前にしたときの印象やと思います。好きやったら、その作品はおもしろい。嫌いやったら、その作品はおもしろくない。それでいいんやないですかね」

 この佐保の台詞に、「魔窟」のような古美術商売の業界とは縁遠い、普通のファンは気楽に美術を楽しめばいい、という黒川氏のメッセージを感じた。

2024.01.01(月)
文=山村 祥(SYOサロン代表、画家)