この秋、発表された「CREA夜ふかしマンガ大賞2023」。今年もマンガ好きの30名の推薦者の皆さんから、たくさんの作品に投票いただきました。中でも票を集めた『ダイヤモンドの功罪』(平井大橋/集英社)をはじめ、スポーツマンガにも熱いコメントが。このジャンルに造詣の深い、編集・ライター・作家の粟生こずえさんが、いま、読むべき作品について語ってくれました。


 スポーツマンガは、マンガのいちジャンルとして定番であり続けています。しかし、その歴史をひもとけば大きな変遷があるのです。60~70年代に隆盛を極めたのは、現実にはありえないようなハデな魔球が飛び出す『巨人の星』(梶原一騎 原作、川崎のぼる 作画/講談社)や『アタックNo.1』(浦野千賀子/集英社)のような作品でした。

 ハードな特訓描写もカタルシスとなっていて、「スポ根(スポーツ根性)もの」と呼ばれたもの。それが、選手それぞれの個性も読みどころである『ドカベン』(水島新司/秋田書店)や、〈スポーツを楽しむ〉というメッセージを押し出した『キャプテン翼』(高橋陽一/集英社)などが登場し、リアリティのあるプレー表現、群像ものとしてのドラマを楽しめる作品が増えていきます。〈人間ドラマ〉の側面の充実は、スポーツマンガの持つ可能性を押し広げたといえるでしょう。

 数え上げればキリがありませんが、その最たるものは90年代の『SLAM DUNK』(井上雄彦/集英社)。敵味方にかかわらずキャラクター一人ひとりの魅力を掘り下げており、必ずしもスポーツ好きではない読者にも広く支持されています。

 また、2003年にスタートし、今も連載が続く『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ/講談社)も、高校野球マンガでありながら徹底して人間関係に重点を置いた点で革命的といわれます。なにしろ主人公が非常に気が弱く、コミュニケーションが苦手という設定からしておよそスポーツマンガらしくありません。チームメイト間でいかに意思の疎通をしていくか、試合の場で緊張しないための工夫などがつぶさに描かれているのも興味深いところです。

 ズバリ、〈人間関係〉は、現代のスポーツマンガに欠かせない条件かもしれません。「CREA夜ふかしマンガ大賞2023」で票を集めた『ダイヤモンドの功罪』(平井大橋/集英社)は、これまでにない切り口で才能ゆえに苦しむ少年と、それに翻弄される人たちを描いた問題作です。

◆『ダイヤモンドの功罪』平井大橋/集英社

 主人公の綾瀬川次郎(小学5年生)は、持ち前の運動神経からどんなスポーツをやってもすぐにトップ選手に。「自分のために負ける人がいる」苦しみと孤独に悩み、「楽しむ」ことをモットーにしている少年野球チームに加入するも、また同じ問題に直面。仲間とともに野球を楽しみたいだけなのに、どうしても人を蹴落とし傷つけてしまうのです。

 そんな自分に耐えられず「(選手に)選ばれなければよかった」と発言したり、敵に情けをかけようとして、チームメイトとの間に溝生じて……。「天才の突出した能力は重荷になることもある」ということにフォーカスした新鮮な作品。本人、また周囲の人々が驚異的な才能とどうつきあっていくのか目が離せません。

「まだ幼い主人公が苦しむ姿を見てもなお、天才へのワクワクが止められない己の残酷さと向き合うのがつらい......でも面白すぎて読むのをやめられない!」(ライター 門倉紫麻さん)

「感情と感情のぶつかり合いが至高」(イラストエッセイスト 犬山紙子さん)

「こんなに夢中になって読み返してしまう野球マンガは初めてです。このまま読み進めたらどこに連れて行かれるのか楽しみでなりません」(マンガ家 コナリミサトさん)

門倉紫麻(かどくら・しま)さん
ライター

主にマンガにまつわる記事を企画、執筆。マンガ家へのインタビュー多数。著書に、ジャンプ作家の仕事術を取材した『マンガ脳の鍛えかた』(集英社)など。

犬山紙子(いぬやま・かみこ)さん
イラストエッセイスト

多くの雑誌で執筆のほか、メディアでも活躍中。ゲームやマンガなど、2次元コンテンツ好き。著書に『アドバイスかと思ったら呪いだった。』(ポプラ文庫)。

コナリミサト(こなり・みさと)さん
マンガ家

2004年『ヘチマミルク』(宝島社)でマンガ家デビュー。著書にドラマ化もされた『凪のお暇』(秋田書店)『珈琲いかがでしょう』(マッグガーデン)など。

 〈人間関係〉が軸となっている作品をもうひとつご紹介しましょう。

◆『ワンダンス』珈琲/講談社

 自分の気持ちを抑え、周囲に合わせてばかりだった小谷花木。吃音症であることがコンプレックスで極力目立たないよう、みんなからはみ出さないように振る舞ってきたが、高校入学直後、人目を気にせず自由に踊る湾田光莉に惹かれ、未経験のダンスへの挑戦を決意。

 〈頑張って「普通」でいるくらいなら やりたいことやって「変」でいいよ〉という花木のセリフに打たれる! 登場人物それぞれの〈自由〉が伝わるダンス描写も魅力的で、読んでいるうちに「変」でもいいから踊ってみたくなってしまう。

「3次元のダンスと目に見えないビートを多重的に1コマのなかで成立させるセンスと技量が素晴らしいと思います」(ライター・編集者 山脇麻生さん)

 近年は、単に勝つことを目指すだけでなく「自分はどんなプレーヤーであるべきか」「自分らしさとは何なのか」を追求する姿がじっくりと描かれている作品が目立ちます。私たちの日常に示唆を与えてくれる……そんな存在にもなってくれそうです。

山脇麻生(やまわき・まお)さん
ライター・編集者

マンガ誌編集を経てフリーに。各紙誌でコミック評及びコミック関連記事、脚本などを執筆。インタビューや食、酒にまつわる取材も手がける。

2023.10.31(火)
文=粟生こずえ