小井戸茶碗 銘 忘水(わすれみず) 朝鮮・朝鮮時代 16世紀 根津美術館蔵

天下人・秀吉が好んだことで多くの武将が追随

 そして天正6年(1578)、藪内宗和(堺の茶人)の会に井戸と覚しき茶碗が用いられたことが記述されて以降、茶会記に繰り返し井戸茶碗の名が現れるようになる。僧侶や商人ばかりでなく織田信長をはじめとする武将たちも茶の湯に熱中したが、中でも井戸茶碗を好んだことで知られるのが、豊臣秀吉だった。ちょうど秀吉が天下人として覇を唱えた時期とも重なるため、多くの武将たちもそれに追随し、熱狂的に井戸茶碗を求めた。

 その輸入には博多や堺の豪商たちが一枚噛んでいたようだが、文禄・慶長の役で日朝間の交易が寸断され、江戸時代に入ってからは徳川家康が京都の茶屋四郎次郎を御用商人として重用するようになったために、江戸時代初期には井戸茶碗の輸入は途絶えてしまう。

 朝鮮半島では日常の雑器だったものを、日本の茶人が見出して茶碗とした、という柳宗悦の説は有名だが、現地での発掘調査では、井戸に似た陶片が見つかっている程度で、日本で伝世されてきた茶碗と同一と特定できるほどの発見はまだない。近年は特別な意図で作られた「祭器」ではないかとする説も出ているが、墓や遺跡などからそれを裏づける出土品もなく、いつ、どこで、誰が、何のために、この茶碗を作ったのかさえ、実は解き明かされていないのだ。

 高麗茶碗が持ち込まれるようになって以降、茶の湯を愛好する者たちは、それまでの判で捺したように同じ形の唐物茶碗とは違う、個性豊かな器に魅了され、それぞれに名前=「銘」をつけて愛玩した。現代の鑑賞者である自分も戦国時代の武将を気取って、名物狩りよろしく「展示品のうち3つ貰えるならどれを」などと妄想しながら、時に伸び上がって碗の深さを眺め、あるいはしゃがんで高台を削り出すヘラの勢いを確かめていると、同じように見えていた井戸茶碗の色合い、釉のかかり具合、大きさ、高台の形など、千変万化の違いが目の前に立ち現れてくる。

 そしてその後、国内でも作られるようになった桃山の茶陶(三井記念美術館)、個人の作家性を前面に押し出した本阿弥光悦の茶碗(五島美術館)、そして気宇壮大な桃山時代の茶陶を目標に作られた、川喜田半泥子や加藤唐九郎、荒川豊蔵ら近現代の作家による茶碗(菊池寛実記念 智美術館)と展覧会を回っていくことで、変遷する茶碗の歴史を俯瞰的にとらえることができる。このまたとないシーズンを、どうか逃がさないでほしい。

 

特別展と同時期のテーマ展示「仲冬の茶の湯」にて公開されているコレクション

志野秋草文水指(しのあきくさもんみずさし) 日本・桃山時代 16世紀
国宝 鶉図(うずらず) 伝李安忠(りあんちゅう)筆 中国・南宋時代 12-13世紀 根津美術館蔵

 また、根津美術館では特別展とは展示室を変え、季節の茶道具を取り合わせた展示も行っている。現在は炉を開いて釜をかけ、新茶を点てて茶の湯の1年の始まりを祝う陰暦11月の異名を取って「仲冬の茶の湯」と題し、国宝《鶉図》を特別出陳。《志野秋草文水指》を含む約20点の茶道具と共に紹介している。

特別展「井戸茶碗 ─戦国武将が憧れたうつわ─」
URL  www.nezu-muse.or.jp/
会場 根津美術館
会期 2013年11月2日(土)~12月15日(日)
休館日 月曜日
入館料 一般1200円(三井記念美術館・五島美術館での以下の展覧会の入場券半券表示で100円割引になる「茶陶三昧 三館めぐり」キャンペーン実施中)
問い合わせ先 03-5777-8600(ハローダイヤル)

特別展「国宝『卯花墻』と桃山の名陶 ―志野・黄瀬戸・瀬戸黒・織部―」
URL  www.mitsui-museum.jp/
会場 三井記念美術館

特別展「光悦―桃山の古典(クラシック)」
URL  www.gotoh-museum.or.jp/
会場 五島美術館

「現代の名碗」
URL  www.musee-tomo.or.jp/
会場 菊池寛実記念 智美術館

橋本麻里

橋本麻里 (はしもと まり)
日本美術を主な領域とするライター、エディター。明治学院大学非常勤講師(日本美術史)。近著に幻冬舎新書『日本の国宝100』。共著に『恋する春画』(とんぼの本、新潮社)。

Column

橋本麻里の「この美術展を見逃すな!」

古今東西の仏像、茶道具から、油絵、写真、マンガまで。ライターの橋本麻里さんが女子的目線で選んだ必見の美術展を愛情いっぱいで紹介します。 「なるほど、そういうことだったのか!」「面白い!」と行きたくなること請け合いです。

2013.11.23(土)