今年8月31日に音声合成ソフト「初音ミク」が15周年を迎える。かつてインターネット上を中心に盛り上がりを見せていた「ボカロ」音楽は、今や米津玄師やYOASOBIの大ヒットによって、J-POPを語る上で外せないものとなった。

 ここでは、2016年から東京大学教養学部にて開講されている講義「ボーカロイド音楽論」を再構成した鮎川ぱてさんの著作『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』より一部を抜粋。ボカロPとして登場し、2018年末には紅白歌合戦に出場する国民的アーティストとなった米津玄師(ハチ)の作品に見る“毒”について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む

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「ハチはメジャーに行って毒を抜かれた」?

 では改めて、ハチ、そして米津玄師がどんな作家であるかを考えていきましょう。作詞作曲を自分で手がけ、米津名義ではそれを自分で歌う。つまりシンガーソングライターですが、それにはとどまらず、非常に独自の作風のイラストを描くことでも知られ、また、曲によっては動画を自分で制作している。ダンスもする。紛うことなきマルチクリエイターです。

 ここからは、特定の曲の歌詞ではなく、音楽表現、歌詞表現、イラストなど視覚表現、それらにまたがって、ある一貫した特徴が見出しうるという話をしていきます。

 まず大づかみで言うと、ハチくんは表現の中に「狂気的ななにか、気持ち悪いなにか」を挿入する場面がしばしばある。

 たとえば音楽表現においては、とくに初期の1stアルバム『diorama』のころに顕著でしたが、人によっては気持ち悪いと感じる複雑な響きの和声を、流れの中でしれっと挿入することがありました。今回、ぱてゼミ第1回の主役はハチだとツイッターで発表したら、その反応の中に彼を「不協和音の天才」と呼んでいるものがありました。然り。

 なにが協和的でなにが不協和的かというのは非常に難しい問題なんですが、この曲を聴いて、そのような音楽センスの一部を直観的に感じとってもらえたらと思います。イントロの右チャンネルのギターに注意してみてください。

2022.07.19(火)
文=鮎川ぱて