「楽しく歌い踊りながらも、目が決して笑っていない…」おニャン子クラブの“終焉”を見据えた渡辺満里奈の意外な"志向” から続く

 ドリームズ・カム・トゥルーといえば、1988年にデビューし、またたく間に全国的人気を獲得した音楽グループだ。デビュー当時から現在に至るまで数多くの楽曲を発表し、アルバム『The Swinging Star』はオリコン史上初の300万枚以上を売り上げるビッグセールスを記録した。

 音楽評論家として活動するスージー鈴木氏は、そんな1990年代音楽シーンを代表するドリカムのヒットの要因を明晰に分析した。ここでは同氏の著書『EPICソニーとその時代』(集英社新書)より一部を抜粋。ヒットに繋がった決定的な“要素”を紹介する。(全2回中の2回目/前編を読む)

◆◆◆

ドリカム《うれしはずかし朝帰り》から始まる「シン・EPICソニー」の歴史

 今から考えると、EPICソニーの歴史の中でも、ひいては日本のポップス史の中でも、全く新しい「外来種」のような音楽だった。ただしこの「外来種」、ややこしいのは、パッと見は「在来種」、つまり当時の日本の音楽シーンに、すーっと入ってくる人懐っこさを持っていたことだ。

 キュートなルックスの女性ボーカルと、とっちゃん坊やのようなベーシストと、クールな面持ちのキーボーディストの3人組。しかしジャケットのように、総じて人を選ばない、実に親しみやすいルックスで迫ってくる。

 男女比は違うが、90年代に日本テレビで放送されていた『DAISUKI!』という番組のMCの3人組=中山秀征、松本明子、飯島直子が発していた「90年代的和気あいあい感」に近いものを感じていたのは、私だけだろうか。

 さらには曲名も《うれしはずかし朝帰り》で《うれしい!たのしい!大好き!》(89年)で《晴れたらいいね》(92年)だから、その清潔かつ灰汁の取れた感じは、非常に間口が広い。そもそもユニット名「ドリームズ・カム・トゥルー」(夢は叶う)という響きからして。

2021.11.23(火)
文=スージー鈴木