36年ぶり! “伝説の舞台”の再来に千之助さんは……

 そんな中、千之助さんは思いがけなく「伝説の舞台」の再来に立ち会うことになります。歌舞伎座で2021年4月と6月に前後編に分けて上演された仁左衛門さんと坂東玉三郎さん主演による『桜姫東文章』です。

 歌舞伎の集客がテレビドラマの隆盛などによりあまり芳しくなかった1970年代後半から80年代にかけて、おふたりの魅力が存分に発揮され今も語り草となるほど人気を博した作品で、仁左衛門さん、玉三郎さん共演の舞台は36年ぶりのことでした。

「もはや自分にとっては架空の世界。それが現実になり、しかも出演させていただけたということが信じられませんでした。そして何よりの驚きはおふたりの瑞々しさです。むしろ今のほうが若いと思えるほどで、色気はさらに増していらっしゃる。そこに歌舞伎という芸能の力、凄さを実感しました」

 年輪による深みを醸し出しながらも、年齢を感じさせない輝きに驚嘆したのは観客も同じでした。

「今年で77やろ?」憧れの『連獅子』が3度目の実現へ

 そして今、千之助さんは、歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」第二部で上演中の『連獅子』で仁左衛門さんと共演されています。

「21歳の誕生日を家族で祝ってくれていた時に、祖父がぼそっと『みんな反対するかもしれないけれど』と切り出したんです。何だろうと思って聞いていると『今年で77やろ? 連獅子やりたいねん』と。体力的なことを心配して祖母も父も驚いていましたが、自分自身は心の中で『待ってました!』と叫んでいました」

 千之助さんにとって『連獅子』は幼い頃からの「大好きな、憧れの」演目なのです。

「亡くなった(十八世中村)勘三郎のおじさまの『連獅子』を拝見し、幼心になんてカッコイイんだろう! と思いました。そして自分もあんなふうに毛を振りたい。オーパと一緒に踊りたいと思うようになりました」

 オーパとは仁左衛門さんのことで、幼い千之助さんはその思いを手紙にして仁左衛門さんに伝えたそうです。そしてその願いは10年前の小学校6年生の時についにかないました。

「とにかくうれしかったです。けれどいざ、稽古が始まってみるとまさに谷底に突き落とされた気持ちでした」

 仁左衛門さんの表情からいつもの優しい笑顔が消え、口調も厳しく、稽古場はこれまで体験したことのない空気でいっぱいだったのです。

「祖父がオーパから役者の大先輩へと、意識が変わった瞬間でした。あまりの違いに戸惑いながらも必死に食らいついていくしかありませんでした」

 親獅子はわが子を千尋の谷へ突き落とし、駆け上がって来た仔獅子だけを育てるという故事に由来する作品内容に、自分を重ねて稽古に励み本番へと臨んだ千之助さん。結果は好評。7年前の再演を経て、今回は本興行では3度目となる舞台です。

「回を重ねれば成長しなければならないのは当たり前ですが、どうにか成長できたところでさらなる成長を求められます。また自分自身が求めるレベルも上がっていく。何にでも言えることだと思いますが、理解が深まるほどにどんどん難しくなっていくということを実感しています。でもだからこそ! 追求し甲斐があります」

2021.11.13(土)
文=清水まり
撮影=末永裕樹