誰の心の中にも
ムンクの《叫び》は潜んでいる!
人の姿を描いた世界の名画で、知名度ほぼ百%なのはレオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》と、エドヴァルド・ムンクの《叫び》くらいだろう。《モナ・リザ》はルーヴル美術館からまず出ないけれど、《叫び》はこの秋、海を渡ってやって来た。このチャンス、ゆめお見逃しなきよう。
東京・上野、東京都美術館の「ムンク展─共鳴する魂の叫び」である。ムンクの《叫び》には何点かのバージョンが存在し、オスロ市立ムンク美術館所蔵のテンペラ・油彩画版《叫び》が日本で公開されるのは初めてのこと。会場には他に、約60点の油彩画をはじめ計百点ほどのムンク作品が並ぶ。半世紀に及ぶ彼の画業の全体像を、日本でたどれるなんてうれしいかぎり。
作品群を通覧するとよくわかる。描くという行為によってムンクが表したかったことは、どの年代でもずっと変わらなかったと。では彼が追い求めていたものは何か? 人の内面に渦巻く感情である。感情によって、世界の見え方がどう変化するのかということを、ムンクは繰り返し画面に描き、探究した。
内面や感情はふつう、目に見えない。ということは、それ自体を絵に描くことはできない。ならばどうするか。内面や感情のありようによって生じる外界の変化を描けばいい。
《叫び》はまさにその実践例だ。
この絵の舞台は水辺の橋の上で、通常なら風光明媚な場所かもしれない。でもそれが、不穏な色使いと渦に吞み込まれるような人物のシルエット、驚愕の表情によって、尋常ならざる場面として描き出される。
耳を塞ぐ人物の身内に、何かが起きている。それで目に映るものすべてが、かくもおどろおどろしいものへと変貌してしまった。自分の存在に関わるほどの不安の感情が、この光景を現出させているわけだ。
気分やコンディションによって周りの見え方がガラリと変わるのは、誰しも経験済みのことと思う。何かいいことがあれば世界は瞬時にしてバラ色となるし、大切な人と別れてしまったあとには、何を見ても灰色になってしまうではないか。
感情がもたらすそうした作用を、ムンクは絵画でわかりやすく表現してくれた。げに恐るべきは、画中の人物を不安の底に陥れた得体の知れぬ「何か」ではなくて、人の感情そのものである。
ムンクが描いた「存在の不安」は、20世紀以降現在に至るまで、私たちの心の奥底にいつも蠢めいているもの。だからこそムンク作品は、私たちの心にかくも強烈に響き、共鳴することを止めないのだ。
『ムンク展─共鳴する魂の叫び』
会場 東京都美術館(東京・上野)
会期 開催中~2019年1月20日(日)
料金 一般 1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
https://munch2018.jp/
2018.11.20(火)
文=山内宏泰