イタリア北東部の端っこ、トリエステは、隣国スロベニアに面する国境の町です。

 多くの民族、国家の支配を受けてきた歴史をもつ町であることから、イタリアでありながら、イタリアっぽくない、独特の雰囲気、そして独自の文化をもつ町です。

トリエステの町の中心となるウニター・ディターリア広場。

 ローマやベネチアなどイタリアの有名な町に比べて、日本での知名度は高くありませんが、優雅で落ち着いた雰囲気と、アドリア海を望む美しい海辺の景色が魅力的です。

 海からの風がいつも吹いていることから「風の町」と呼ばれるトリエステの魅力をご紹介したいと思います。

さまざまな民族と文化が
交錯した海の玄関口

1800年代に建てられた白亜のミラマーレ城。

 トリエステの歴史は古く、古代ローマ時代に遡ることができます。

 東ヨーロッパと接し、アドリア海に面したこの町は、商港都市として栄えてきました。一時は同じ港町で一大商業国家として栄えたベネチアと肩を並べるほどに繁栄しました。

左:美しい装飾の建物。
右:運河からサント・アントニオ・ヌーヴォ広場をのぞむ。

 14世紀末にはオーストリアのハプスブルク家の支配下におかれ、海に面しないオーストリアにとっての重要な海の玄関口となりました。商港としてこの町を重用したハプスブルク家によって、町は美しく整備されました。

 今でも、その当時に建設されたネオ・クラシック調の建物が多く残り、「小さなウィーン」と呼ばれる美しく優雅な風情を漂わせています。

左:古代遺跡のひとつ、リッカルド門。
右:町に残る古代遺跡「ローマ劇場」。

 町にはそのほかにも、ローマ遺跡、セルビア正教会や旧ユダヤ人街など、多様な文化、民族の痕跡が数多くあります。

 港町であることから、多種多様な民族、文化が流れ込み、また、戦時中には軍港としてこの地を治めたい各国からの侵略に脅かされながらも、荒むことなく、どこかおおらかに、それらを受け入れてきました。それこそがトリエステの町特有の美しさにつながっているのではないかと思います。

セルビア正教会の聖堂「聖スピリトドン」のモザイク。

 さて、いろんな文化が伝わってきたということは、いろいろな美味しさも伝わってきたわけで、トリエステの美味しい名物を次にご紹介します。

文・撮影=藤原亮子