写真、水彩・油彩画、銅版画が揃う
ヴォルスの大きな個展

第二次大戦後の新しい抽象表現を先導した画家ヴォルスの総合的な個展。国内外から集められた約120点の作品によって、38歳で夭逝した彼の全体像を見渡すことができる。《無題》 1942/43年 グァッシュ、インク、紙 14.0×20.0cm DIC川村記念美術館

 世に抽象画なるものはたくさんあって、「難解なアート」の代名詞みたいになっているけれど、絵画の世界に抽象表現が現れたのはけっこう最近のこと。20世紀に入ってからのことで、歴史はせいぜい100年くらいに過ぎない。

 抽象的な絵画が生まれたのは欧州で、現在のように皆が知るものとして広めたのは米国だった。カンディンスキー、モンドリアン、ポロックといった画家たちが立役者となった。そのなかのひとりとして異彩を放つのが、ドイツ出身のヴォルス。

 『天空の城ラピュタ』の滅びの呪文にも似たこの響きはペンネームで、本名はアルフレート=オットー=ヴォルフガング・シュルツという。1913年にベルリンの裕福な家庭で生まれ、小さいころからヴァイオリンや水彩画が得意だった彼は、まず写真家として名を成した。

《ニコール・ボウバン》 c.1933/1976年 ゼラチンシルバープリント 13.6×20.2cm The J. Paul Getty Museum, Los Angels

 20代でパリに移り住んで個展を開催すると好評を博し、一躍、売れっ子写真家に。ジャック・プレヴェールら当代の名だたる文化人のポートレート、野菜や肉を美しいオブジェに仕立てた静物写真、路上生活者らにカメラを向けたスナップショットと、幅広い作風を示した。

 それぞれの物体の「核」がどこにあるのか瞬時に見抜く凝視力、眼前に広がる光景の構造を見抜く画面構成力に秀でた写真は、現在の目で見ても斬新そのものだ。

 ところが、写真家時代は長く続かない。時代のせいである。第二次世界大戦が始まり、ドイツ人のヴォルスは収監されてしまう。これでは写真が撮れない。そこで彼は、カメラを絵筆に持ち替えた。収容所内で描かれた水彩画の数々には、何を描いたのかはっきり名指せぬ幻想的なイメージが渦巻いている。

《裸体の花》 1949/62年 サルトル『食糧』(1949年刊)の挿絵 ドライポイント、紙 12.3×10.0cm DIC川村記念美術館

 戦後は南フランスを転々としながら創作を続行。油彩画や銅版画も手がけ、画面の抽象度は増していった。縦横無尽に這い回る不可思議な線と、はっと目を惹くけれどどこか哀愁を帯びた色彩で、絵画ができているのだ。彼に大きなインスピレーションを与えたのは、目を瞑っているときに見えるものだった。そう、誰しも見覚えがあるはず。目を閉じると瞼の裏に、奇妙な色と形、線がもやもやと浮かんで消えるのを。あれがヴォルスの抽象表現のモチーフになったのだった。

 ヴォルスの全貌を辿れる大きな個展が、ここは本当に日本かと疑うほど広々として抜群の環境を誇る、DIC川村記念美術館で始まる。写真、水彩・油彩画、銅版画と、ヴォルスの創作を総合的に見られる展示となっている。知られざる深いヴィジョンを目の当たりにしたい。

『ヴォルス──路上から宇宙へ』
会場 DIC川村記念美術館(千葉・佐倉)
会期 2017年4月1日(土)~7月2日(日)
料金 一般1,300円(税込)ほか
フリーダイヤル 0120-498-130
http://kawamura-museum.dic.co.jp/

2017.03.25(土)
文=山内宏泰

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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