2010年、11年と2年連続して星を獲得、ミシュラン香港版に載った「阿鴻小吃」がこの9月、香港空港第2ターミナルに初めての支店をオープンした。

 もともとは香港島の東に位置するノースポイント(北角)の小さな食堂である。

 数々の老舗、名店がひしめく香港で無名の食堂がミシュランに登場したとあって大変な話題となり、本店は未だに1時間半待ちという盛況ぶりだ。興味はあれど、あまりの人気に遠巻きにしていた店が空港に出来たとあって今のうちにと早速足を運んでみた。

 この店で最も評判なのは鹵(塩の意味)水という、八角、シナモン、クローブ、クミンなど10種類以上のスパイスを使ったソースにつけ込んだガチョウ肉や卵、豆腐等である。様々な種類の肉にソースの味がしっかり染み込んであり、それでいて、くどいとは感じない。店のファンが「肉食獣のパラダイス」というのも納得だ。

 代表格は「鹵水鵝片」で、薄くスライスされた柔らかいガチョウ肉は、あっさり目のソースの味と共に肉の味もしっかり楽しめる。この伝統的な潮州料理はどの店も必ず小山のように盛りつけるのだが、理由はその中身にある。食べて行くと薄切り肉の下から味の染み込んだ厚揚げ豆腐があらわれ、2種類の味が楽しめる。

オーナーの鴻哥さん

 鹵水といえば地方料理である潮州料理の代表格だが、この道40年、オーナーである鴻哥は香港人で、もともとは雲呑麺や又焼の得意な、広東料理の職人である。店のメニューに幅をもたせようとした時目をつけたのが、同じ広東省でも全く別の食文化を持つ潮州のおかず、鹵水だった。

 伝統的な潮州料理である鹵水は多くの香港人も好むが、味はかなり濃く、昔ながらの荒っぽい、庶民的なおかずだった。鴻哥によれば材料をよいものに替え、丁寧に調理し、今時の志向に合わせた味に仕上げる工夫を重ねた結果が評判につながったのだろう、と言う。

 またあまり知られていないが、鹵水の味が濃いために、比較的薄味志向の香港人が編み出した香港式のあっさり鹵水「白鹵水」というものがある。阿鴻小吃では、つけ込む肉によってはこの珍しい「白鹵水」を使っていて、中でも鴨の舌をつけた「鴨舌」は絶品で、芥末鶏脚筋と共に店で1、2の人気を誇る。

 また食通で知られる蔡瀾もこの店のファンで、通いつめてついに自分好みのオリジナル麺を作ってもらったほど。人気の2種類の撈麺、五目まぜ麺のうち昔ながらのラードを使ったものが蔡さんの麺だ。

text:Miyuki Kume