この曲からは屋根裏に潜む少女の姿が浮かぶ

山口 さて、そんなシンガーソングライター新山詩織「絶対」から、作詞アナリスト伊藤涼は、どんな「妄想」が浮かびましたか?

伊藤 屋根裏は少女のお気に入りの場所だった。部屋の真ん中に横たわる、際立って古い床板には2センチほどの節穴が開いていて、そこからはキッチンを覗き見ることができた。いつも窓から陽が入ってくる頃になると女たちが忙しく動き始める。パンの焼ける幸せな匂いや、ハーブやスパイスの沢山はいったトマトソースを煮る匂いがキッチンの天井で掻き混ぜられ、この節穴を通って少女の鼻をくすぐる。女たちはいつだって大きな声で「あいつ」の話や「あのひと」の話で盛り上がってる。これは恋であり、悪口であり、嫉妬であり、ときに呪いの話だった。少女にとってその話は、絵本の中のようにカラフルに感じられた。

 そこに男が入ってくる。節穴からは見えないがドアを乱暴に開ける音の後に続いて、籠った雷鳴のような声で「あいつ」はどこに行ったのか、と女たちに聞く。「あいつ」とは少女のことだ。少女の幸せな秘密の時間は、突然この男によって真っ黒に塗りつぶされる。そっと節穴に本を被せて、静かに立ち上がる。屋根裏は真っ暗になり、現実という無色のペンキで塗りつぶされている。少女はいつもの金属のような瞳を並べて、毛羽立った梯子を下りる。

山口 前回も紹介した伊藤涼著の『作詞力』は、好評みたいですね。Amazonの音楽書チャートで1位でしたよ。その中で、小説から作詞に使う言葉のヒントを集める「リリックノート」が提唱されていましたが、この「妄想分析」とシンメトリーになっていますね。今、気づきました。歌詞から影響を受けて、物語を紡ぐ「妄想分析」は、小説から印象的な語句をピックアップして作詞に活かそうとする方法論を、ぐるっとひっくり返した感じですね。

伊藤 シンメトリーですか。なるほど、そうですね。目的が詞なのか妄想なのかの違いですが、言葉と絵がリンクしています。妄想の元には小説からのインスパイアはかなりあるし、それに気づいて既存の表現からのオマージュは活用しています。そんなオマージュを作詞家たちで共有できないかなと思いつつ、山口さんからのアドバイスを参考に、リリックノートをみんなで共有するオンライン版(外部サイト)をつくりました。

山口 当初の「Jポップ版ラップ・ジーニアス(米国のラップ歌詞解説サイト)」というコンセプトからは随分変わりましたが、クリエイターにとって実用的なサイトになっていますね。

伊藤 そうなるように、これからもユーザーの意見を取り入れながらブラッシュアップしていきます。それから『作詞力』の発売記念として、読者から必ず採用が出る作詞コンペを開催しています(外部サイト)。これは来春デビュー予定のavex新人アーティスト、Chemical Volume(ケミカルボリューム)とのコラボで、彼らの作品の詞をこのコンペで決めるという画期的な企画です。誰でも参加できるので、沢山の人に作詞コンペを体験してほしいし、上手くいけば作詞家デビューって、いいでしょ(笑)。

山口 おー、さすが! 書籍から派生する企画が出てくるのは素敵ですね。

新山詩織「絶対」
ビーイング 2014年12月3日発売
初回限定盤CD+DVD1,300円、LIVE盤(初回生産限定)CD+DVD1,500円、通常盤CD1,000円(税抜)
■新山詩織は、新宿や大宮、池袋などでのストリートライブ経験を経て、2013年にメジャーデビューを果たしたシンガーソングライター。本作は5枚目のシングルとなる。サウンドプロデュースを手がけるのは、スピッツやユニコーン、コブクロを育てた笹路正徳。
■「絶対」作詞・作曲/新山詩織
■オフィシャルサイトURL http://niiyama-shiori.com/

【動画サイト】
「絶対」
URL https://www.youtube.com/watch?v=sBGycvtTGvg

2014.11.30(日)
文=山口哲一、伊藤涼