――確かに多くの人は、満開の時期をいまかいまかと待ちわびて、わーっとお花見を楽しみますが、それ以外の時期の桜を意識することは、特にないような気がします。

 ソメイヨシノではなくヤマザクラにしたのは、紅葉が綺麗だから。花と同時に小さな赤い葉が出ているのも独特だし、花も可愛らしい。夏の間にもう次の芽がついているとか、書きながら初めて知ったことも多いです。調べれば調べるほど、奥が深くて……。

 この小説を書くもっと前の話ですが、桜の寿命についてのニュースを見ることがあったんです。安全性や景観の問題はあるけれど、綺麗な花を咲かせなくなったという理由で、切られてしまう桜がある。やり方次第で、もっともっと長く生きられるはずなのに。

 『桜の木』の舞台は、主人公の緋桜(ひお)が祖母・母から受け継いできた古い洋館ですが、ここに立っているのは大切に守られてきた木で、彼女たちを見つめる大きな視点も欲しかった。それで、樹齢百年のヤマザクラに語らせる設定にしました。

――どっしりと構えている語り手〈わたくし〉が、誕生したのですね。

 はい、〈わたくし〉です(笑)。常々自分が信条にしていることに、生きていると嫌なこと、悲しいことももちろんあるけれど、長い目で見て幸せならいいじゃない、というものがあります。ちょっと視点を変えて大きな流れのなかで見てみると、自分が悩んできたことって実はこんなに小さいのか、と気づいたりする。

 これまでも登場人物に言わせたりしてきたことなんですが、1冊でまるごと伝えたのが、この小説かなと思っています。

――店主として季節の和菓子と茶を提供する緋桜を筆頭に、長年連れ添う国際結婚の夫婦、育児と仕事の両立に奮闘する女性、自分が進むべき道に迷う中学生など、この小説には、さまざまな悩みをもつ人が登場します。

 百年間、そこに立ち続けて、すべてを見守りながら寄り添ってきた桜の木だからこそ、彼らに伝えられるメッセージがあるんですね。

2024.04.25(木)