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年に一度だけ出会える重要文化財《行く春》

 今年の「美術館の春まつり」は、4階から2階まで各フロアの展示室に、桜や花にちなんだ作品をちりばめているのが特色だそう。主任研究員の成相 肇さんの案内で、一色さんがまず足を運んだのは4階の第1室。出迎えてくれたのは、国の重要文化財である川合玉堂の《行く春》です。六曲一双の屏風絵で、二隻を合わせると横幅は7.8メートルにもなり、大きな画面いっぱいに埼玉県秩父・長瀞(ながとろ)の春の景観が描かれています。

「自然な遠近法を用いて、左から右へと渓流の水が流れ、右には舟水車、左の下部には桜の花びらが水面に散って花筏となっている様子が描かれています。近づいて見ると岩肌などは絵の具を塗り重ねた迫力のある筆遣いで描かれていることが分かりますよ。せっかくの屏風絵なので、さまざまな角度から眺めてください」(成相さん)

 成相さんの説明に、「本当ですね、近くから見ると絵の具の盛り上がり方まで分かります。見る角度を変えると、全体を眺めた時の印象とはまた異なる表情が表れて、とても面白いです」と一色さんも少し興奮気味。また、《行く春》に使用されている顔料(岩絵具)の原料である孔雀石も展示されており、「こういう展示は見MOMATでは珍しいですね!」と驚きの表情を浮かべていました。

海外の巨匠の作品に春らしさを発見

 同じ展示室には、20世紀を代表する画家の一人、パウル・クレーの《花ひらく木をめぐる抽象》も展示されています。表現主義やキュビスム、シュルレアリスムなど前衛芸術運動の影響を受けながら独自の表現を追求し続けたパウル・クレーですが、この作品は色とりどりの四角形だけで構成されています。

 具象としての花も木も描かれていませんが、四角形同士の微妙なつながりや色の広がり方などを見ていると、確かに今まさに開こうとしている花の静かな動きのようなものが見えてくる気がします。「美術館の春まつり」にふさわしい作品のひとつです。

2024.03.16(土)
文=張替裕子(Giraffe)
写真=杉山秀樹