無職だから。

 優彩のためらいをよそに、淡々とした態度で女性は名刺を差し出す。

「桜野様とは、事前にお電話やメールでやりとりをさせていただいておりましたが、改めまして、私は志比桐子と申します。これから一泊二日で、桜野様をアートの旅へとお連れいたします」

 アートの旅――それは、今手に持っている封筒に書かれた文言と同じだった。受けとった名刺には、「ツアーアテンダント」という肩書がついている。またお辞儀をされて、優彩もつられる。

 彼女が見せた屈託のない笑顔に、まぶしい、と優彩は思った。決して顔が整っているとかモデルみたいとか、そういうことではない。内側から光っているような雰囲気をまとっているからだ。いったいこの光が、彼女のどこから発せられているのか、優彩にはまだわからなかった。

 シートベルトを締めると、肩の荷が下りた気分だった。

 思った以上に気を張っていたようだ。無理もない。飛行機というのはバスや電車とはわけが違うし、ここに来る前から、何度もインターネットで「飛行機 はじめて乗る」と検索していた。

 機内は満席に近く、通路側の隣に座ったのは、六十代くらいの女性だった。

「お嬢さん、お一人?」

 目が合ったタイミングで、話しかけられた。

「いえ、一人ではないんですが……」

「あら、お友だちと一緒なの? 席、替わりましょうか」

「いいんです。出発直前ですし」

 搭乗手続きを済ませたあと、「では、到着ゲートでお待ちしております」と言って、桐子は何列かうしろの席に座った。どうやら事前に、こういう席の配置を予約してくれていたようだ。

 桐子のさりげない気遣いには、正直助かる。

 高松空港までの一時間半を、初対面の相手と隣の席に座りつづけるのは気が進まない。かといって、東京からではなく現地集合にされてしまうと、一人で搭乗手続きをやり遂げられる自信もなかった。

 気になってふり返るが、桐子の席までは見えない。

「高松ははじめて?」

2024.01.23(火)