一度社会に出たけれど、何かの理由で立ち止まったり、心を休めていたり、次に進む準備をしていたり。ただ前に進むことだけが人生じゃない、と思えてくるような3作です。

穏やかに紡がれる日常に、心が安らぐ

『カントリー・ダイアリー 春から夏へ』/『カントリー・ダイアリー 秋から冬へ』

 工房用に目をつけていた山の中の空き家に、誰かが越してきた。様子を見に行った家具職人・宇佐は、田舎暮らしはおろかDIYの経験もなく、知り合いもいない様子の新住人・胡桃沢をなんだか放っておけず、荒れ放題の家をあれこれ修繕しはじめる――。

 北国の豊かな自然を背景に、大工仕事、畑作業、おうちごはん、近所の人たちとの交流など、巡る四季や日々のできごとがふたりのやりとりを中心に淡々とやわらかに描かれていきます。雨の日はお休みだったり、一枚曲がったタイルに味があったり、初めて収穫したカブが嬉しかったり、何もないようで実は豊かな生活に、しみじみとなんども読み返したくなります。

翻訳という仕事を介して育まれる“元同僚”との新たな関係

『スモークブルーの雨のち晴れ』

 燃え尽きて製薬会社のMRを退職した38歳の吾妻は、かつて同期でトップを争い、一度だけ関係を持ったことがある因縁のライバル・久慈と8年ぶりに再会する。在宅翻訳者の久慈を手伝うことになった吾妻は、翻訳の仕事や、久慈の生家で過ごす時間を心から楽しむようになっていくーー。

 「お前ならどう訳す?」「いいね」二つの言葉がすとんと心に届き、吾妻の時間が動き始めるのと同時に、止まっていた久慈の世界もまたゆっくりと動き出します。少しずつ深まっていく2人の関係性ですが、なかなか決定的な一言の出ない二人にこちらまでやきもき。翻訳解説コーナーもあり、豆知識が増えたり、翻訳のお仕事に自然と興味がわいてくるかも。

胸が苦しくなるほどの切ない「日常×ファンタジー」

『ハッピーマジカルNIRVANA』

 幼なじみの大悟に長く片想い中の澄春(すばる)は、不穏な「予言」がきっかけで大悟と弟が運営するシェアハウスに入居することに。男子5人の共同生活は順調なスタートを切ったかのように思えたが、古い民宿を改装した建物のあちこちには世界中から集まった摩訶不思議なグッズが隠れていてーー?

 シェアハウスのほのぼののんびりとした日常とファンタジー、どう物語が展開していくのか一見「?」のようにも思える組み合わせが、胸が苦しくなるほどの切なさを描き出します。どこにも行きようのない想いに立ち止まったままの澄春にとって、「恋」のモラトリアムとも言える物語です。

2023.12.16(土)
文=寺尾真紀