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三角帽子の灯台

 開陽丸を堪能した後は、宮崎さんの案内で鷗島灯台へ行く。

 江差を良港たらしめたのが、間近に浮かんで外海の荒波を防いだ鷗島だ。周囲約三キロの細長い小島で、かつては細い防波堤で江差とつながっていた。いま、防波堤は周囲が埋め立てられていて面影はない。位置関係をいえば旧防波堤の陸側にCafé香澄が、途中に開陽丸記念館があり、鷗島に至る。その距離四百メートルに満たないが、ぼくはすでに、ずいぶん濃密な体験をしていた。

 鷗島はテーブルのような形で、斜面を上ると平たい台地が広がっている。

 灯台は、西に広がる外海を望んで台地の縁あたりに建っている。真っ白に塗られた三階建ての小振りな建物で、最上階の灯室は高い円錐型の屋根をかぶっている。シンデレラ城の赤ちゃん時代、あるいは三角帽子の小人といった趣だ。

 もちろん赤ちゃんでも小人でもなく、立派な灯台である。水面から灯火までは三十六メートルの高さがあり、光達距離は十七海里、三十一キロメートルちょっと。小柄ながらもパワフルな光で、しっかり海の安全を守っている。

 灯台の歴史は安政五年(一八五八)、江差の廻船問屋が建てた常夜灯に始まる。明治中期、北海道では灯台の建設ラッシュが始まった。当時は陸路が未発達で、代替する海路の安全確保が急がれたからだ。その流れで鷗島の常夜灯も明治二十二年(一八八九)、木造灯台に代わった。現今の建物は戦後に建て替えられたコンクリート製で、以後何度か改修を経ている。こうして振り返れば、鷗島灯台はかなりの古強者である。三角帽子をかぶった時期と経緯は不明だが、設計か施工をされたかたには何か重大な決心があったのかもしれない。

 灯台の外壁には自由に立ち入れる階段があり、バルコニー状に作られた二階からは、どこまでも広がる青い海が一望できる。ぼくが訪れた時は日中だったが、西向きだから夕陽もさぞ美しいだろう。

 三角帽子がかわいい鷗島灯台であるが、その内部は質実である。コンクリートが直線的な壁と狭い階段を作り、空気は冷たい。長年海を守ってきた風格がある。ただし、まったく武骨というわけでもない。階段の左右や壁には灯台の解説や往年の周辺の写真が展示されている。「江差かもめ島まつり」などイベントに合わせて内部が一般公開されているから、そのためのものだろう。

 灯台の周囲は、芝生の広がる高台として整備されている。ぼくは落ち着いた大人の作家がまじめに取材する顔をしていた(できていたかは定かでない)が、子どものころだったら嬉しくて走り回っていただろう。予約すれば凧揚げ、海釣り、キャンプも楽しめるようになっている。夜、灯台から放たれる光に守られてテントで眠るのも楽しそうだ。興味あるかたはぜひチェックしていただきたい。

 この日、ぼくは灯台を目指していた。その途中には先住民が、鷗の鳴く音に目を覚ます移住者が、潮に洗われながら声をそろえて網を引く人々が、港町の繁栄が、戦争が、長い歴史の変転が、変わらぬ姿でたたずむ断崖や海が、歌声があった。

 時間や空間を行き来したぼくなりの全方位観光は、灯台の光をたどることで可能になった。

鷗島灯台

所在地 北海道檜山郡江差町鴎島10
アクセス JR函館駅から江差町行き函館バスで約1時間40分、「姥神町」下車徒歩約5分
灯台の高さ 12
灯りの高さ※ 36
初点灯 明治22年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海と記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
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