ミュージカル『モーツァルト!』『ジャージー・ボーイズ』と数々の名作に出演し、美しい歌声と表現力で日本のミュージカル界を牽引し続けている中川晃教さん。2023年に挑むミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』について、そしてこれまでのキャリアや最近ハマっていることについてもお話を伺った。

 まだ高校在学中だった2001年に自らが作詞作曲した「I WILL GET YOUR KISS」でデビューした中川晃教さん。このデビュー曲がドラマの主題歌に起用され、第34回日本有線大賞新人賞を獲得。

 シンガーソングライターとして華々しいスタートを切り、翌年には日本初演で上演されたミュージカル『モーツァルト!』の主演に抜擢された。

 初舞台の作品で数々の賞を受賞した唯一無二の歌声と表現力などを備えたその才能には、彼が演じた天才音楽家モーツァルトに等しいものを感じる。まさに『僕こそ音楽』という存在なのだ。

 以来、中川さんはミュージカル作品でも実績を積み重ね、2016年にフランキー・ヴァリ役で主演を務めた『ジャージー・ボーイズ』では、ミュージカル作品としては初めてとなる第24回読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞。2022年は3度目となる『ジャージー・ボーイズ』に同役で出演。まずはこの作品が彼にとってどんな意味を持つのかを伺った。

『ジャージー・ボーイズ』で得た気づき

「2020年にコロナ禍で緊急事態宣言が発令されたとき、あらゆる劇場がクローズして公演の中止が続く中、僕にとって初の再開が、ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』とミュージカル『ジャージー・ボーイズ』を、コンサートという形式に変更して上演したことでした。

 それさえ上演できない可能性もあったので、当時は悔しいという思いよりも、実現したことへの嬉しさに浸ることができました。今思い返してみると、あのコンサートの時に“フランキー・ヴァリ(『ジャージー・ボーイズ』の役名)として再びステージに戻ることができたら、今以上に自分が思い描いているクオリティに到達してみせる”という誓いを自分の中で立てていました。

 そして2022年の再演ではコロナ禍という経験があったからこそ、今この歌を歌えているということをすごく実感できています。2016年の初演、2018年の再演、2020年のコンサートという形式、そして今回の再演、その一つ一つに意味があったのだと思わせてくれています」

日本初演のオリジナルミュージカルに携わる喜びと苦しみ

 そして2023年に彼が挑むのは、同じく2020年に一度中止となったミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』のチェーザレ・ボルジア役

 ルネッサンス期のイタリアを描いた惣領冬実の漫画『チェーザレ 破壊の創造者』(講談社刊)を原作にミュージカル化される作品で、今回が世界初演となる日本のオリジナルミュージカル作品だ。本作が実現することにはどんな思いを抱いているのだろうか?

「嬉しいです。楽しいです。そして苦しいです(笑)。今の稽古場で味わっている経験にはこういう月並みな言葉でしか言い表せませんね。

 というのも、今まで僕が演らせていただいた作品は、そのほとんどが、ブロードウェイやウエストエンド、そして韓国の作品なので、どれにもお手本があるわけです。

 ですから、そのお手本を元に、自分たちなりの表現をプラスしていくという経験が多い中で、『チェーザレ 破壊の創造者』はお手本がないオリジナルミュージカルなので、僕たちがゼロから創っていかなければなりません。

 その作業にワクワクする気持ちもありますが、同時に答えを探すという“産みの苦しみ”には、皆が同じチャンネルに周波数を合わせていきながら、何を目的にして、何に向き合っている時間なのかを皆で模索しながら共有しなければなりません。

 そうしたオリジナルミュージカルだからこそ味わえる体験を今まさにしています。それには緊張感もありますが、メンバーがとても素敵なので、緊張感を超えていくような反骨精神があることをカンパニー全体に感じることができています。

 本作では、ピサという街にあるピサ大学を舞台に繰り広げる学生たちの物語でもあるのですが、この学生達にある若さには、僕たちの反骨精神に通じるモノがあります。

 限られた時間の中で焦りも生まれてくるのですが、一回一回の稽古でそれぞれの役割を認識して良い球を投げ合っていくことで、それぞれがさらに深めていく。その作業を積み重ねていくことで良いものになっていくだろうと信じています。

 演出の小山ゆうなさんが作品をどういう方向性で何を描きたいのかを言葉として日々伝えてくれて、それがどんどん進化していくので、その手応えを感じることも楽しいですね。オリジナルキャストであることを誇りに感じることができる稽古場だと思います」

馬が教えてくれた「チェーザレ」の気持ち

 そしてチェーザレが馬の名手であることから乗馬の訓練も経験したという中川さんは、2年ぶりとなる製作発表会見ではチェーザレの扮装姿で、馬に乗って颯爽と登場した。この時の心境を語る中川さんは、お茶目な側面も見せてくれた。

「本当に緊張しました(笑)。“マグちゃん(乗っていた馬の愛称)、頼むからリハーサル通りやってくれ”って、心の中でずっと祈っていました。

 実は皆さんの前に登場する際に、止まるべき場所が決まっていたのですが、そこまで進んでくれなくて、手前で後ずさりしてしまったんです。馬を引っ張ってくださる方もいて、僕も手綱を持って足のくるぶしでお馬さんの脚をポンポンと蹴って、それを合図に前へ歩いてくれるはずだったのですが、マグちゃんの精神状態がリハーサルの時とは違っていて、全然いうことを聞いてくれなかったんです。

 前に進んでくれないし、尻尾をブルンブルンと振り回して、前脚に重心が偏ることで僕の身体が前傾状態になってしまうので、“これから何が起こるんだろう”って、って動揺してしまって、チェーザレの面持ちになんて、なれなかったです(笑)。後でその時の写真を見たら、顔が引きつっていることが自分で見てわかりました。

 そういう内心ではありましたが、この経験の何が良かったかというと、馬の気持ちや馬を操る人間の心というものを実感できたんです。というのも、惣領冬実先生が描かれた原作には馬の描写が結構あるのですが、見ている者に迫り来るような馬の気迫や威圧感、荒々しさが伝わってきました。

 その描写から、この暴れ馬を操るのは相当な経験とスキルを持っている人物でなければならないだろうと僕は思っていました。描かれたものを通して、“この馬はきっと手強いだろう”と勝手に想像してしまっていたんです。

 ところが実際に馬に触れ合ってみると、馬も生き物だから僕たちと同じように心があることがわかりました。それは日常的には経験できないことです。役として馬に触れて、思い通りにならないことも、思いを汲み取ってくれることもあるのだと知りました。

 チェーザレの台詞に“一度信頼関係を築けば忠実で頼もしい仲間になる。どこか民衆の心に似ているな”と、民衆の心を馬の心に喩えるのですが、馬と自分の関係性というものを体感できました」

2023.01.02(月)
文=山下シオン
撮影=佐藤 亘