海外から食べに来る人も続出の人気メニューに

 ロンドンに戻ってから、自分たちの新しいレストランのメニューを開発するにあたり、「この時の経験は、料理の一部に反映しなければいけない」と思ったふたり。

 最初はスターターの一品として、ポテトのタルトレットにしようとしたのですが「どうにもピンとくるものができなくて、パイ生地に練り込んではどうか、と思いついたのです」とジョニーさんは話します。

「じゃがバターのフレーバーの決め手は、なんといっても香ばしく焼かれたジャガイモの皮でした。なのでパイ生地用には、皮のフレーバーの強い粉質のジャガイモを使っています。一方クリーム部分は舌触りの滑らかさが重要なので、粘質のジャガイモをピューレにして、厳選した酒とホワイトチョコレートを混ぜて、ミルフィーユにしたのです。添えているにごり酒のアイスクリームには、バターの風味を加えています」

「『Hokkaido Potato』という、名前もよかったんだろうと思います」と話すのはイサさん。「これがもしも、ただの『ポテトミルフィーユ』だったら、誰も注文しなかったと思うんです」。名前のインパクトと見た目の繊細さのミスマッチ感、そしてじゃがバターのフレーバーがたっぷり詰まったサクサクの生地と日本酒がかすかに香るポテトクリームの完璧なるマリアージュが話題となり、「たぶんレストランの名前よりも、『Hokkaido Potato』のほうが先に有名になったんじゃないかと思います」

 「シェフとして、『この人といえばこの料理』というものがひとつでもあるのは、本当にラッキーなことだと思っています。これだけを食べるために来てくれる人も少なくないのです」とジョニーさん。例えば、ひとりでやってきた失業中の若い女性客。

「誕生日なので、やはりなにか特別なことをしなくちゃと思って来てくださったそうです。ブロッコリとサラダ、そしてこの『Hokkaido Potato』をオーダーしてくださいました。そのときは店からバースデーカードを差し上げましたね」

 シンガポールからやってきたファミリーが、「今日がロンドン最終日なので、どれだけ待ってもかまわないから」と言って、オーダーしてくれたこともある。これまで50回以上来店して、40回以上「Hokkaido Potato」を食べている常連客が、「もう、オレンジピールは載せないの?」などと小さな違いについてコメントすることも。

 「Hokkaido Potato」をめぐって、まるで深夜食堂のような風景が展開される、なんともやさしく味のある、ミシュランスター・レストラン、トリヴェットなのでした。

Trivet

所在地 36 Snowsfields, Bermondsey, London SE1 3SU
https://trivetrestaurant.co.uk/

安田和代(KRess Europe)

日本で編集プロダクション勤務の後、1995年からロンドン在住のライター編集者。日本の雑誌やウェブサイトを中心に、編集・執筆・翻訳・コーディネートに携わる。
●ロンドンでの小さなネタをつづったインスタグラム @gezkaz
●毎週更新しているポッドキャスト https://www.podpage.com/shiuntenk/
●運営する編集プロダクションのウェブサイト http://www.kress-europe.com/

2022.10.31(月)
文・撮影=安田和代(KRess Europe)