2017年に抹殺されかけた2人は、同じステージで頂点に君臨した――。異色のM-1王者であるマヂカルラブリーの内面にノンフィクションライターの中村計氏が迫った「“漫才の革命児”マヂカルラブリーが上沼恵美子の次に『どうしても笑わせたい人』」(「文藝春秋」2021年3月号)を特別に公開する。(全2回の1回目、後編に続く)

◆ ◆ ◆

M-1優勝後の「あれは漫才じゃない」というバッシング

 客席から時折「ひぃーっ!」と苦し気に息を吸う音が漏れる。

 ステージでは、長髪の男が床の上に背中を付け、激しくのたうち回っていた。

 それだけなのに客は呼吸もままならぬほどに笑い転げている。

 2020年12月20日、漫才日本一を決めるM-1グランプリの最終決戦。そこに残れるのは、決勝に出場した10組のうち、ファーストラウンドを勝ち抜いた3組のみ。2番目に登場したのは、結成14年目のマヂカルラブリーだった。

 2人が披露したのは「つり革」と呼ばれるネタだった。

「負けた気がするから、2度と、つり革つかまらないわ」

 そう宣誓し、大きく揺れる電車の中で、つり革につかまらない男を演じるのは、アヤシイ雰囲気を漂わせるボケ役の野田クリスタル(34)。

 その横で「耐えれてないけど」「こんなに揺れる路線、見たことない」「もういいからつり革つかめ!」と適宜解説を加えるのはピンクのカーディガンとネクタイを身に着けた小太りの男、ツッコミ役の村上(36)だ。

 2人はこのネタで、史上最多となる5081組がエントリーした同大会で頂点に立った。賞金1000万円を手にすると同時に、その年の漫才日本一の称号を得た。

 ところが、2人を待っていたのは、ネットメディアを中心とする「あれは漫才じゃない」というバッシングだった。

 漫才コンテストを標ぼうするM-1の歴史は「しゃべくり漫才」の歴史だった。互いにテンポよくかつバランスよく言葉を掛け合い、ネタの中に一つでも多くのボケを詰め込む。歴代王者は、すべてこの教科書に則ってきた。それが漫才の究極の形であり、M-1で勝つための最短ルートだと考えられてきたからだ。

2021.12.30(木)
文=中村 計