1971年からの3年間、写真家ユージン・スミスは水俣に滞在した。国がチッソの工業廃水を水俣病の原因と認めた3年後のことである。

「怨」の幟が翻る闘争の渦中で撮影された『写真集 水俣』は、彼の最後の作品にして代表作となる。その傍らでともに撮影を行ったのが、当時の彼の妻で、まだ20歳を過ぎたばかりのアイリーン・美緒子・スミスであった。

 周囲を巻き込み、自らを傷つけるようにして人生を表現に捧げるユージン。その荒波のような情熱とエゴに翻弄されながらも、自身の生き方を模索する若きアイリーン――。

 著者の石井妙子さんは二人の越境に満ちた人生が、公害病に揺れる水俣の地に運命のように引き寄せられていった様子をまずは描く。そして、二つの「個」の物語が交錯した先に、苛烈を極めた闘争と「国家」という巨大なテーマを照らし出していく。〈客観なんてない。人間は主観でしか物を見られない。だからジャーナリストが目指すべきことは、客観的であろうとするのではなく、自分の主観に責任を持つことだ〉というユージン・スミスの言葉とともに。

 それにしても、なんと多くのテーマが溶け合った濃密なノンフィクションだろう、と読み終えて思う。

 表現とは何か、ジャーナリズムとは何か、そして、日本の近代とは何だったのか――。「個」の物語が否応なしに「国家」の物語に接続される過程に、「“ミナマタ”を描く」とはこのようなことなのだ、という思いが胸に迫ってきた。

 また、本書が一個のノンフィクション作品として一筋縄ではいかないのは、被写体となったある患者家族の側の思いを同時に見つめていることだろう。

〈痛みや喜びの中にいる人たちを見ていると、自分にもその人たちの感覚が波動となって伝わってくるんだ〉

 そう語るユージンは、『写真集 水俣』で「入浴する智子と母」という作品を撮っている。水銀に冒された胎児性患者の娘を、母親が抱いて入浴している世界的に有名な一枚――その作品が撮られた際の描写には、息詰まるような緊張感が漂っている。ところが、ユージンにとって重要なその写真が、後に「封印」されたことを著者は知るのだ。

2021.10.27(水)
文=稲泉 連