コロナ禍に翻弄された2020年。コロナの打撃によって社会が音をたててきしみはじめている。医療の現場は逼迫し、生活苦に陥る人たちも増え続けているようだ。現在は感染拡大の「第3波」がやってきており、感染力の高い変異種も見つかった。煽るつもりはないが、先行きはまったく不透明だ。

 苦難にまみれたこの年を代表するエンターテイメント作品として、間違いなくタイトルが挙がるのが『鬼滅の刃』だろう。

 特に『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』はよもやよもやの爆発的なヒットとなり、10月16日に公開されてからわずか2か月半で興行収入346億円を記録。国内興収歴代1位の座を『千と千尋の神隠し』から奪ってしまった。今後もまだまだ記録を伸ばしていくだろう。

“もう一人の主人公”煉獄杏寿郎の魅力

 なぜ『鬼滅の刃』がこれほどまでの人気を集めるのか? これまで、すでに多くの理由が考察されてきた。迫力のあるアクション、多彩なキャラクター、主人公・竈門炭治郎の優しさと真面目さ、努力、家族愛、生きることと死ぬことのそれぞれの強さ、哀しさ、せつなさ、はかなさ。

 『無限列車編』に限ると、作中のもう一人の主人公とも言えるキャラクター、煉獄杏寿郎の魅力が挙げられる。明朗快活な性格でありつつ、必ず仕事を最後までやり遂げようとする強い責任感を持つ男。鬼殺隊の「柱」として炭治郎たちを率い、鬼を相手に屈することなく最後まで立ち向かう。

 強くて仕事ができるだけでなく、兄貴肌でどこまでも後輩思いなのも印象深い。2021年「理想の上司」ランキングに必ず入ってくると予想しておく。

杏寿郎の母が語った「責務」という言葉

 劇中、杏寿郎によってたくさんの心震わせられるセリフが発せられたが、個人的に印象に残った言葉は、杏寿郎の母親・瑠火のセリフだった。幼少期に母親からかけられた言葉が、杏寿郎の生き様の背骨になっていたのは間違いない。それは、このようなものだ。

〈弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように。〉

 病床にいた瑠火だが、弱々しさのまったくない、毅然とした口調で息子に語りかける。生まれ持って得た強さは、あくまでも弱き人を助けるためのもの。その力は、世のため、人のために使わなければいけない。

 瑠火は「天から賜りし力で人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されません」とも断言している。「責務」とは「義務を果たすべき責任」という意味だ。「責任」に「義務」がともなっているのだから、単なる「責任」より重い。杏寿郎も戦いのさなかに「俺は俺の責務を全うする!」と叫んでいた。

 煉獄杏寿郎は複雑な背景を持つキャラクターだが、彼の行動指針はシンプルきわまりない。瑠火の言葉に従って自分の力を鍛え上げ、その力を自分のために使うのではなく、他人のため、弱き人のために使う。彼の行動を見て、炭治郎をはじめ、我妻善逸、嘴平伊之助ら後進たちは心酔し、自分も杏寿郎のように戦いたいと思うようになる。

 力を持っているから強いのではなく、自分の力を弱い人たちを守るために使うから強い。ネタバレになるから詳しくは言えないが、登場人物たちはそのことをよく知っていたはずだ。炭治郎は「煉獄さんのほうがずっと凄いんだ! 強いんだ!」と叫んでいたし、杏寿郎も炭治郎たちに弱き人たちのために戦う自分の面影を重ねていた。

2021.01.18(月)
文=大山 くまお