『襷がけの二人』(嶋津 輝)
『襷がけの二人』(嶋津 輝)

 2016年「姉といもうと」でオール讀物新人賞を受賞、19年同作を収めた短編集で単行本デビューした嶋津輝さん。本作は大正から戦後を舞台にした、自身初の長編小説だ。

「もともと明治から昭和の女流作家の小説や随筆が好きで。次作について考えあぐねていた頃、集中して読んでいたのが森茉莉さんの作品です。彼女が最初に嫁いだお家は大家族で、そこには〈お芳さん〉という、お舅さんのお妾さんも暮らしていたそうで――森茉莉さんは割と粘着質な観察眼を持った書き手で、人の好き嫌いが強いイメージがあるんですけど、このお芳さんに関しては、エッセイの中で全面的に誉めていて、花柳界の出身らしい着こなしも粋だし、家事も上手で、何人もの女中さんたちを見事に差配している様子の美しさに、手放しで憧れているんですね。そこが面白くて、格好いい女中さんとお嫁さんの関係性を描こうと決めました」

 本書『襷がけの二人』の主人公は、製缶会社を営む裕福な山田家に嫁いだ若奥さまの千代と、女中頭の初衣(はつえ)。千代の夫・茂一郎は実母の死後、家に入ってきた元芸者の初衣を認めようとはせず、以来、父の高助とも碌に話さない。それが気づまりだからか、食事の場には千代はもちろん、女中たちも同席し、夕餉には彼女たちが丁寧に拵えた品々が供される。

「私自身は料理が得意ではないんですが、千代の成長や女中さんたちとの豊かな関係性に説得力を持たせ、この物語の起承転結を進めていくためにも、料理についてはしっかり、丁寧に書き込みました」

 この時代に女中を置く家であっても、買い物をする=財布を握るのは女主人であったこと、季節によってどんな魚が売られ、何を着ていたかなど、調べものにも時間を費やしたという。もっとも、完成までに4年がかかったのは、「書き上げない限りは、ものすごい傑作になるんじゃないかという、夢を持てるじゃないですか(笑)。それを楽しんで味わいたくって、時間をかけてしまったのかもしれません」。

 さらに作中の重要な要素は、嶋津さんが敬愛する作家・幸田文の短編「卒業」からヒントを得た〈花電車〉。芸者時代の秘密を抱えた初衣と、夫との関係がうまくいかない千代たちに、やがて戦争が暗い影を落とし、遂に運命のあの日が……。

 最終盤、過酷な空襲や戦後の混乱を経て「二人一緒なら、どこへでも行けます。だって、生きているんですもの」と千代は言う。二人の女性の絆が深く胸を打つ新たな名作の誕生である。


しまづてる 1969年東京都生まれ。2016年「姉といもうと」で第96回オール讀物新人賞受賞。19年『スナック墓場』を上梓、文庫化にあたって『駐車場のねこ』と改題。


(「オール讀物」11月号より)

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2023.11.14(火)
文=「オール讀物」編集部