幽霊が出てくるファンタジーでありつつ 幽霊をフックにしたミステリーでもある

『影を吞んだ少女』

 17世紀イギリス、幽霊を体内にとりこむ特殊能力を持った15歳の少女メイクピースの冒険譚。彼女が最初にとりこんだ幽霊は、クマ!? 幽霊をとりこめる数は1つだけではないというルールが、物語にトリック&サプライズをもたらしている。

『影を吞んだ少女』

フランシス・ハーディング 著・児玉敦子 訳 東京創元社 3,300円

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最注目の英国人作家による幽霊を「吞む」 少女の歴史ファンタジー

 嘘を養分に育ち、食べた者に真実を見せる実のなる木──。

 本格ファンタジーにして本格ミステリー『嘘の木』で日本の小説ファンを唸らせた英国人作家フランシス・ハーディングは、差別された少女が運命を切り開く姿を描き続けてきた。

 翻訳第3作『影を呑んだ少女』の舞台は17世紀イギリス、ロンドン近郊。メイクピース(和平)という名前を持つ15歳の少女は、国王VSピューリタンの内戦のせいで母を亡くしてしまう。

 引き取られた先は、一度も会ったことがなかった父の一族。使用人として下働きをするうち、腹違いの兄ジェイムズと出会いこの家の秘密の一端に触れる。

 一族の血を引く者は、死者の幽霊を自分の体にとりこむ能力を持っていたのだ。牢を破るためには、その牢がどのような構造になっているか熟知しておく必要がある。

 メイクピースは兄と共に一族の秘密に迫り、虎視眈々と名家脱出のチャンスを狙うが──。

 本作のファンタジー的想像力は、前例がないものではない。「相続」あるいは「器」というモチーフに関しては、漫画家・伊藤潤二の傑作短篇『ご先祖様』とシンクロしているし、脳内討議というモチーフはピクサーのアニメ『インサイド・ヘッド』そのものだ。

 後半の冒険譚は、ジョジョ的な異能バトルものと言うこともできる(スタンド名は「眠れるクマ」か)。にもかかわらず新鮮な印象が持続しているのは、メイクピースが陥る二重三重の差別構造にあるだろう。

 彼女は新しいコミュニティに接続するたびに、必ず最下層へと追いやられてしまうのだ。

 この時代ならでは、女性ならでは、この一族ならではの差別にさらされ、自由を奪われてしまう。では、どうすればいい?

 彼女は怒った。もがいた。異議を申し立てた。そして、異なる価値観を持った他者と連帯を、諦めなかった〈あたしたちみんな。ようやく、いっしょに戦うことを覚えたんだね〉。

 いっしょに戦うこと──この大掛かりな歴史ファンタジーの終着点にある言葉は、現代を生きる人々にとっても指針となるはずだ。

Column

今月の主人公

最近刊行された話題の小説のなかから、注目すべき主人公にスポットをあて、読みどころを紹介します。

2020.08.25(火)
文=吉田大助

CREA 2020年9・10月合併号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

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