宝塚歌劇好きが高じ、今年、東京から聖地である兵庫県・宝塚市に移住したという漫画家のえすとえむさんが、その熱く純粋な愛の源泉、知るほどに深い沼の魅力を語ります。


ご贔屓が見つかったらあとはただ沼に落ちるのみ

 もともと一度何かにハマると、頭の先から足の先までドップリ体質だったというえすとえむさん。宝塚歌劇(通称、ヅカ)にハマるきっかけは、原作漫画のファンだった「ベルサイユのばら」を観に行ったことから。なにせ、“ベルばら”は宝塚歌劇を代表する演目のひとつ。宝塚といえばこの作品を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。

 「友人が強火のヅカオタで、2013年の月組公演のベルばらに誘われて観に行ったんです。最初は付き合いくらいの気持ちだったのに、始まってからは舞台にもう、釘付け。生で浴びるドレスと軍服のキラキラの洪水に、脳の処理能力が追いつかず、ただただ、なんじゃこりゃ~って言葉が頭をループしていました。そのとき初めて“贔屓”という存在に出会い、沼に急落下です(笑)」(えすとえむさん・以下同)

 そこから一演目につき2~3回ほど通うくらいのファンに成長したが、観劇を楽しむこと数年、ご贔屓が歌劇団を退団。ファンにとって、贔屓の退団は魂が抜かれるようなもの。しばらく瀕死状態のまま、すでにいないご贔屓の面影を求めて各組公演を彷徨っていたが、ある日、神の啓示のごとく雷に打たれる。

「最初にヅカに私を引き込んだ友人が、出産を終えて久々に観劇するというので、ムラ(宝塚大劇場)で月組公演の『夢現無双』を一緒に観たんですね。そのとき、目の前の銀橋を走り抜けていく珠城りょうさん(当時の月組トップスター。今年8月15日に退団)の素足を見たときに、その“走れる脚”に釘付けになり、気づけばそのことばかり考えている自分に、最初は、なんだこの気持ちは……ずっと見てきた珠城さんにこんな気持ちを……と戸惑うばかり。そこから気づいたらまた宝塚沼にどっぷり浸かっていて。観劇回数がおかしなことに(笑)」

 全く同じ作品を、同じキャストで何度も? と思う人もいるかもしれないが、舞台は生モノ。同じ作品、同じ役とはいえ、その日ごとに客席の空気も贔屓の体調だって違い、昨日と同じセリフも全く同じにはならない。ほんのわずかな変化も見逃したくないのがファンというものだ。

「公演のなかには、日替わりのアドリブが組み込まれた作品もあります。今日はどんなアドリブを言うのか、相手役がそれをどう受けて返すのかも楽しみのひとつ。公演を重ねるにつれ、徐々に出演者たちが慣れていき、楽しめている様子が分かるとまた微笑ましい。

 カード会社などの貸切公演の場合、アドリブのなかに企業名を組み込んだりすることもあったり、それぞれにスターさんの個性が出るんです。観劇できない日には、今日はどんなアドリブを言ったのか、SNSでファンのかたの観劇レポートを漁るのも日々の楽しみ。そのシーンを想像するだけで笑顔になってしまいます。

 もちろんアドリブだけでなく、同じシーン、同じセリフだとしても、お芝居の深化を感じられるのが複数回鑑賞の楽しみです。初日と千秋楽だと『同じ芝居か?』と思えるほどに熟成されている。その変化を生で感じたくて何度でも劇場に通ってしまいます」

2021.09.23(木)
Text=Lisa Mochizuki
Illustrations=est em

CREA 2021年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。