直木賞作家、エッセイの名手としても知られる佐藤愛子さんが、4月29日、老衰のため都内の施設で逝去されました。102歳でした。
いつでも感情の赴くままに生きた愛子さん。恋に落ちた際も、その様子を娘に隠すことはなかったようで……。
愛子さん最後のインタビューも収録。娘の杉山響子さん、孫の杉山桃子さんが「佐藤愛子」の家と仕事とお金と恋について語った『ぼけていく私』から、一部を抜粋、ご紹介します。
Aさんが来ると、母の笑い声が多くなる
響子さんが小学校5年生の頃、母・愛子さんは有名なプロ野球監督のAさんと交際していたという。当時お互いアラフィフで、相手には妻子がいた。しかし、響子さんは二人の関係が「不倫」だとは全然分からなかったという。
「妻子のある人でしたけど、私は『恋愛』のこともわからない年ですし、ましてや『不倫』なんて全然。よく家に来る人で、来ると母の笑い声が多くなるなっていう感じで」(響子さん)
「ああいう母と二人きりの暮らしに、きれいな風穴があいた感じがしました。外からの空気が流れてきて、母の火山もその人の方に向いたから、それはこっちとしては喜ばしいことで。母もちょっと華やかになってましたしね」(響子さん)
当時の愛子さんの様子を、響子さんは次のように振り返る。
「女を振りまくっていう感じではないけど、母なりにウキウキしてました。Aさんの名字の一文字にちゃんをつけて呼んで、『○○ちゃん、こんな別荘持ってるんだよ』なんて、言葉の端々に晴れやかさがあった。私も楽しみだったなぁ。うちに来る度に1万円のお小遣いをくれたんだよ」(響子さん)
なぜ、娘に恋人の存在を隠さなかったのか。
孫の桃子さんは、愛子さんには「女性的な気恥ずかしさ」も「男性的なやましさ」もなく、「(妻子がいても)好きなんだからしょうがない」という感覚だったのではないかと分析する。響子さんも「本人にそういう理屈はなくて、ウキウキした感じでズンズン進んでいったと思います。感情の赴くままに生きる人だから」と同意した。
『ぼけていく私』の抜粋記事本編では、響子さんが目撃した壮絶な“恋の終わり”にも触れられている。
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本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
》【#1を読む】102歳・佐藤愛子が落ちた“アラフィフの恋”「妻子のある人でしたけど、母なりにウキウキしてました」「名字に“ちゃん”を付けて…」
》【#2を読む】「もらった物、全部出しなさい」と言われ…102歳・佐藤愛子が“恋の終わり”にとった〈衝撃すぎる行動〉とは?

ぼけていく私
定価 1,430円(税込)
文藝春秋
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