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タカラジェンヌに必要とされる、自己プロデュース力

©︎新潮社
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 もちろん、スターになれない自分への葛藤は誰にだってあるだろう。新たな可能性を求めて、入団早々にやめていく人もいる。けれど、その葛藤にそれぞれが立ち止まり、迷った先に自分にしかないやりがいを見つけて独自の芸風を確立していくのも、宝塚の面白いところだ。

 タカラジェンヌに必要とされる能力のひとつに、自己プロデュース力がある。

 宝塚では、舞台化粧も髪型のセットも、毎公演、生徒が各自で行う。

 例えば男役さんは髪質や頭の形に合わせて、最も美しいリーゼントを作る技術を研究するし、娘役は1回の公演でいくつものアクセサリーを用意し、時には手作りする。舞台化粧は、自分の欠点(と思う部分)をカバーする技がちりばめられ、とことんコンプレックスと向き合い続ける。

 このように1人のタカラジェンヌとして芸名を掲げ、自分自身を表現していくのが生徒の仕事だ。その上でひとつの歯車となり公演に参加するのだが、こんなにも個性的な人物が集まっても劇団や組としてまとまることが出来るのは、何故か。

 それは、誰もが自分の意志でここにいるから。そして、「宝塚の幕を開ける」という揺るない目標が間違いなく一致しているからだ。

 その思いにズレが生じたり、真剣であるがゆえにぶつかり合うこともある。しかし、上級生から下級生まで全員が苦労を積んで辿り着いた舞台の初日。ライバルとともに何ヶ月間も全力を注ぎ込んだ公演の千秋楽。ここにいる誰が欠けてもこの日は来なかったのだという実感が、心の底からこみ上げる。そんな瞬間が、在団中には何度もあった。

 ひとつの舞台を仕上げるまでには沢山の困難があり、その作品によってぶち当たる課題も様々だ。ベテランの上級生だって、未知の難問に挑むこともある。

 入団15年目に出会った作品「ドン・ジュアン」では、出演者全員がフラメンコに挑戦した。これまでもフラメンコの振付を受けたことはあったが、本格的に踊るのはほとんど初めて。振付師は、それまで宝塚とは関わりのない方だった。つまり、「この人はダンスが得意なスター」「この人は下級生だからできなくて当然」など、全く通用しなかった。

 厳しい練習でくたくたになり、先生に𠮟られる毎日。気づけば全員で朝も夜も集まり、ひたすらお稽古をしていた。足が痛くてステップが踏めなくなった時には、床に寝転んで練習した。上級生も下級生も、分け隔てなかった。苦しいお稽古が、むしろ楽しかった。

 劇団の廊下に寝転がって足を動かし続ける雪組生は、他の組の人たちにとってとてつもなく邪魔かつ不気味な存在であった。だが劇団ではたまにこのような奇異な練習をする生徒たちが現れるので、日常の一コマとして受け入れられていた。

 生徒は全員ライバル同士。だが、一致団結した時のパワーはものすごく熱いのだ。そうして作り上げた舞台に立つ生徒は、スターでも脇役でも同じように輝きを放っていた。

 誰もが羨む立場にいるスターさんだって、他人には打ち明けられない苦しみを抱えていることもある。宝塚の生徒とは、立場や役柄など関係なしに、自分と向き合い孤独な闘いを続ける人たちなのだ。

 その闘いの最中でも、仲間と面白いことを企てたり、子どものような悪戯に真剣に取り組んで叱られたり、常に笑いが絶えない仕事場。忙しいほど、困難な状況にあるほど、宝塚の生徒は笑うことを忘れない。

元タカラジェンヌの「生きるための極意」

 宝塚を卒業することが決まった私は、その頃、何人もの元タカラジェンヌの方々にこんな質問をしていた。

「退団の心構えを教えてください」

 先輩方からの答えは実に様々で、本当に沢山の「生きるための極意」を教えてくださった。

 お話を伺うたびに書きとめていたノートを何度も読み返すうちに、私は思った。現役生徒にはない広い視野、築き上げた感性と磨かれた着眼点。もっと、もっと、沢山の卒業生の皆さんからお話を聴きたい。

 宝塚という世界で生き抜いた人たち。めまぐるしいスケジュールの中、孤独や嫉妬と向き合い続ける「タカラジェンヌ」を仕事としながら、現実の中で観客に夢を見せ続けたその精神、技術、器の大きさは計り知れない。

 かつて舞台に懸けた思い、これまでの歩み、自分と他者との向き合い方。卒業した方々が、宝塚で培ったものとは何か。

 元タカラジェンヌ見習いである私の、これからの道筋を照らし、叱りつけ、笑い飛ばしてくれる、そんな言葉をもっと聴きたい。

 宝塚を卒業した私を待っているのは、どんな現実なのだろう。

 18年もひとつのことにだけ目を向けていた、正統派「井の中の蛙かわず」である。

 不安でいっぱいのこの世間知らずには、挑戦を続ける元タカラジェンヌの先輩方の頼もしい背中が、光り輝いて見えるのだ。

すみれの花、また咲く頃 タカラジェンヌのセカンドキャリア

早霧せいな、仙名彩世、香綾しずる、鳳真由、風馬翔、美城れん、煌月爽矢、夢乃聖夏、咲妃みゆ。トップスターから専科生まで、9名の現役当時の喜びと葛藤を、同じ時代に切磋琢磨した著者だからこそ聞き出せた裏話とともに描き出す。卒業後の彼女たちの新たな挑戦にも迫り、大反響を呼んだインタビュー連載、待望の書籍化!

定価 1,650円(税込)
新潮社
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早花まこ

元宝塚歌劇団娘役。2002年に入団し、2020年の退団まで雪組に所属した。劇団の機関誌「歌劇」のコーナー執筆を8年にわたって務め、鋭くも愛のある観察眼と豊かな文章表現でファンの人気を集めた。BookBangで「ザ・ブックレビュー 宝塚の本箱」を連載中。
note https://note.com/maco_sahana

次の話を読む「絶対にスターになりたかった」 元タカラジェンヌが語る、月組92期の 同期愛と奮闘した新公“エリザベート”

2023.05.27(土)
文=早花まこ