パトリシア・プティボンの卓越した歌声がマッチ

パトリシア・プティボンは、1970年、仏モンタルジ生まれの43歳。バロック、モーツァルトなどを得意とする一方、フランスオペラからリヒャルト・シュトラウスまでを歌いこなす実力を持つ。(C) Lucy Boccadoro / DG

 1899年生まれで、20世紀のクラシック界を刺激したプーランクは、数々のひらめきを五線譜に書き落としたデビュー作から、「黒人の書いた詩に曲をつけた(タモリのハナモゲラ語のような)歌曲」という型破りなものだったけれど、遊戯的なセンスで世間を翻弄する一方で、とても信心深い音楽も作っていた。このアルバムに収録されている『スターバト・マーテル』『グローリア』には、儀礼的な管楽器、厳粛な弦楽器、太古の祈りをイメージさせる合唱がミックスされていて、古典やロマン派の作曲家が作ったミサ曲とは一味違う、ユニークなスピリットが宿っているのです。

 中世のカテドラルに響き渡る神秘のようなパリ管弦楽団合唱団のコーラスと、驚くほどマッチしたコンビネーションを見せているのが、ソプラノ歌手パトリシア・プティボンのソロ。透明感のあるリリックな声をもつプティボンは、日本でもユーモアセンス溢れるリサイタルを行っていったフランス人で、マリリン・モンローのような愛らしいルックスからは信じられないほど、音楽に関しては知性派。ベルクの難解なオペラ「ルル」で主役を務めあげたほど、ハイレベルで卓越した音楽性の持ち主なのです。

 聖なる白い光を感じるプティボンのソプラノ、ピュアで善良な合唱、独特の様式美をもつオーケストラが、パーヴォの魔法によってミステリアスな書物のようにまとめあげられているのは圧倒的。このミサ曲には、宗派どころかキリスト教以外の宗教も包み込むような寛大なパワーがあるわ。パーヴォの「越えてゆく力」の賜物ね。ヨーロッパの東西南北だけでなく、人種や年齢、信条や価値観までをも融解させ、新しい世界を招き入れようとしている、特別な音楽に聴こえるのです。

 この世に男は多けれど、優秀な指揮者ほど「本物の男」と呼べる男はいない。パーヴォの平和への意志と、すべてを見通す洞察的な精神性を感じるプーランクの宗教曲には、すべての女性をひきつける本能的な何かがあると思えてならない。生命を肯定するしなやかな明るさに満ちた、驚くべき一枚です。

小田島久恵(おだしま ひさえ)
音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

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小田島久恵のときめきクラシック道場

女性の美と知性を磨く秘儀のようなたしなみ……それはクラシック鑑賞! 音楽ライターの小田島久恵さんが、独自のミーハーな視点からクラシックの魅力を解説します。話題沸騰の公演、気になる旬の演奏家、そしてあの名曲の楽しみ方……。もう、ときめきが止まらない!

2013.12.03(火)