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「山口恵以子とボニーとエラとタマ」

――1月に放送された「山口恵以子とボニーとエラとタマ」での、山口さんの書き下ろしエッセイの中で、猫がいない自由さと猫がいる不自由さだったら、私は猫がいる不自由さを選ぶという印象的な一節がありました。

 ともすれば、それぞれの思いこみによる物語から分断が生まれやすい時代ですが、猫を通して他者性を発見することができるところはありますよね。人とは異なる感受性の世界にいる存在が近くにいるのは非常に面白い経験ですし、自分のフレームだけで物事を見てはいけないということを、猫から教わっているところもあるのではと感じています。

 猫はかわいらしいとも言えますが、したたかにも見える。幼いのか老成しているのかわからない魅力があり、きょとんとしていると同時にあくせくとしている人間の全てを見透かしているように見えるところもあります。それも人間の勝手な想念かもしれませんが、日常の自分自身が持っている気持ち、あるいは持っているリズムを今一度見つめ直させてくれるような眼差しがそこにあるというのは、素晴らしい経験となるのではないでしょうか。

――猫自体、自由気ままな側面もありますが、そういった他者との暮らしによって何かしら忘れていたものが見えてくる瞬間は、かけがえがないのでしょうね。

 猫には癒されますし、かわいらしい面もありますが、山口さんもおっしゃられていたように、いろんなところでしなくてもいい粗相や邪魔をすることもあるわけです。しかし、それも含めて生きているということなんだと。そういう生きていて誰しもが必ず遭遇する理不尽さが、猫という小さな存在によって目の前で展開されていくことは非常に大切な経験かもしれません。だからこそ、番組としてはそういった部分をきれいにまとめずに伝えたいと思っています。

2023.02.26(日)
文=高本亜紀
撮影=平松市聖