ショパンコンクール優勝後は「自由になった」

――ショパンコンクール以後、優勝者としての責任を感じるようになったかもしれませんが、同時にアーティストとしては自由になられたのでは?

 それは本当にそう思います。プログラムも基本的には制限なく選べるようになりましたし、音楽表現も思うようにできて、芸術的にはとても自由になりました。

 ただ僕の場合、コンクール前の時点でも、普通のコンサートと同じ感覚でレパートリーを準備していました。先生や周りの人は、もっと審査員に好かれるような安全な演奏をしたほうがいい、今の演奏は危ない感じがすると、ずっと言っていましたけれど(笑)。でも最終的にどうするか判断するのは自分です。僕としては、音楽は自分の楽観的で明るいパーソナリティから切り離すことはできないと思い、そこから自然と生まれる音楽をコンクールでも演奏しました。

 ショパンの音楽を聴き、その生涯について知れば、8割の人が、彼は悲しみと苦しみ、ノスタルジックな思いを抱えていた人だったと思うでしょう。だけど彼の音楽そのものは、いろいろな演奏の可能性を秘めたものだと思うのです。その表現によって、自分がどんな人間かを表現できます。

――ブルースさんは、いつもあなただけの新しいショパン像を見せてくれます。もともとある固定概念を打ち破ることについてどんな意義を感じていますか? 社会では、そこに縛られてもがいている人も多いと思うのですが。

 僕にとってそれはごく自然なことなんです。おそらく育った背景が、さまざまな文化が融合した状態だったからかもしれません。(注:ブルースさんはアート業界に携わる中国系のご両親のもとパリで生まれ、小さな頃カナダに移り、ピアノを始めています)

 異なる文化や考え方が常に身近にあったので、多様な視点を受け入れるオープンマインドな性格になりました。何かをするにしても、いろいろな方法を見てみることが好きです。「全ての道はローマに通ず」という言葉がありますが、一つの真理を目指したいならば、それぞれが自分ならではの方法を見つけたらいいと思います。本質的な性格に従って生きることは大切です。

――では、ピアノを弾いていて大変だと感じることはあまりなかったのですか?

 ある意味そうですね。ただ、音楽の道を目指す人は多く、そのなかで生計をたてられるようになるのは一握りですから、その意味で、この道でやっていけるのだろうか、やめたほうがいいのではと思ったことはあります。

 音楽家を目指していると、確証もないまま、なぜこれほどの時間と労力をかけなくてはいけないのだろうと感じることもあるかもしれません。でも考えてみてください、あらゆる仕事に簡単なものなんてありません。オフィスで朝8時から夕方5時まで仕事をするのだって大変ですよ。ピアニストが1日8時間練習をするのと何も変わりません。自分が望む道を進むうえで、こちらのほうが簡単だということなどないと思います。

2023.01.31(火)
文=高坂はる香
撮影=佐藤 亘