この記事の連載

リアルな対話ができれば多面的に相手を理解できる

――いろいろなことの答えがスマホで簡単にわかってしまう時代は余計に、複雑なものをそのまま持ち続けることが難しいですよね。問題とされていることに対しても調べたら他人の見解が出ていて、楽に乗っかれてしまえる。そしてわかった気になるとそこで思考停止してしまうという。

上出 ずっと考えなきゃいけないなんて耐えられないでしょうね。忙しいから、みんな。いつまでも考えさせんなよって思っているんじゃないですか。

――何かを議論する場所がSNS上に集中しているということも問題としてあるように思います。リアルで思ったことを語り合える場が少ないというか。

渡辺 先日、 岡山県の片田舎でトマト農家を続けている、兼業映画監督の山崎樹一郎さんと対談したんです。そこで出てきた話なのですが、都会だと表向きのその人とだけ付き合っていればいいのですが、田舎にいるとお互い思想とは別の部分で人付き合いをしなくてはいけなかったりする。

 たとえば昨日はすごく立派なことを言ってたくせに、今日は二日酔いでグダグダだとか、もっと丸ごとの人間としてお互い見せあわざるを得ない。それの真逆がおそらくSNSのような場所で、そこではその人の思想など一面だけでのやり取りが先鋭化されていく。それでは話したようで話したことにならないんじゃないかと思うんです。その人が本来どういう人なのか、どういう姿形をしていて、どんな人生を歩んできたのかなど、立体的にわからないと本当の対話は成立しないのではないかと思います。

 田舎ってすごいなと思うんですが、たとえば祭りとか、右であろうが左であろうが今日はそれを置いといてなんとか成功させなければいけない、みたいな状況が年に1回あったりするんですよね。そしたらホリエモンとひろゆきと内田樹先生みたいな人がみんなでひとつの祭りを盛り上げるというようなことが起こるわけで、なんだか非常に豊かなことですよね。

――たしかに。SNSだと1人の人間が何個もアカウントを持つことが当たり前になってきていますが、それも人格の切り売りにすぎないですよね。この側面(アカウント)の私はこういうことを言う、という状態になっている。

渡辺 でも、ご本人を直接知ってると、たとえ5つのアカウントを持っている人だとしてもちゃんと立体的に話をすることができる。直接会って話すと、全然違うんですよね。目の前の相手に対しては相手の痛みに対しても想像力をふくらませることができるし、多面的に相手を理解することができるかもしれない。

エンディングで表現される「エルピス」の多層世界

――上出さんは今回、台本を読んだ上でエンディングを制作されました。あの物語を侵食するようなあのエンディングには、何か明確な目的があるのでしょうか。

上出 明確にありました。まず、ただのいい感じのエンディングにはしたくない、気持ちのいいものでは終わらせたくないというのが出発点でした。ドラマの内容や、プロデューサーの佐野さんが抱く葛藤、制作過程における諸問題などを伺っていたので、これは大変な作品だということを僕も理解していました。本当に佐野さんはつくり手としてのいろんな難しさを自覚している、数少ないテレビ制作者でもあると思うんですよ。ここまで考え抜く人はなかなかいません。

 その中でドラマで描こうとしているものは、正義を追求するということ。それ自体の危うさはもちろん自覚しているわけですが、もし作品が正義を実現するという終わり方であるならば、「それでよかったね」で番組を締めくくるわけはいかないという思いがありました。それが形になったのがあのエンディングです。

――(同席していた佐野さんに対して)上出さんにエンディングを託したのにも意図があったわけですよね。

佐野 「エルピス」というものが持っている多層な世界のありようを表現できるエンディングをつくりたいと思っていました。そこで、今のテレビ業界が抱える葛藤や矛盾やダメなところやそれでも持っている強さなど、いろいろなことをわかってる人につくってもらいたかった。それを実現できる人は上出君しかいないと思い、オファーをしました。

 普段の取材等では絶対言えないような、自分の中で抱えてるこのドラマをつくる上での葛藤や罪悪感みたいなことを、上出君には話せてしまえたんです。もちろん、テレビに対する思いは全く一緒であるとは思わないですけど、似たところはあるんじゃないかなと思います。

上出 僕ら、過激派ですもんね(笑)。佐野さんがおっしゃっていたような悩みとか葛藤の中には、制作者としてのエゴなどいろいろなものが含まれています。それは僕も同じです。

 この物語のレイヤーについていえば、誰かが死んでしまうというすさまじい不幸を起点に、主人公たちは正義を実現しようとする。でもその正義の実現の中には自己実現も含まれているし、さらに言えば、商業も含まれています。ある人の不幸をもとに物語が始まっていって、そこからいろんな人の幸福が生まれていくという構造が「エルピス」にはあるわけですよね。

 正義を追求することが良くないことだとは全く思わないけれども、ただそこで正義を実現しようとしている世界に、被害者のメリットというのはほぼないんですよ、多くの場合。簡単に言えば、この被害、この不幸をほぼ100パーセント搾取しているという構造がここにある。これはものすごいグロテスクで、だけど、否定しがたいものです。でも誰もこれがグロテスクだということは言おうとしていない。そこに佐野さんや渡辺さんの葛藤もあったはずなんですよね。

2022.12.20(火)
文=綿貫大介
写真=佐藤 亘