こう見えて、けっこう苦労している

遠山:すかいらーくグループのことはどう思っていたんですか?

横川:大学生くらいになると、自分がデートするときなんかには、あんまり行きたくないお店になっていました。「お前のうち、すかいらーくやってるんだろ?」って言われるとなんかイヤで……。そんなこともあって、仕事で食には関わりたくなくて、建築のほうに進みました。

遠山:海外に留学もされてましたよね?

横川:高校2年のとき、1年休学してオーストラリアに留学しました。親友がこっそり留学準備をしていて、渡航の1カ月前に突然、「来月からアメリカに留学する」と言いだしたんです。それがすごく悔しくて、僕も家に帰って親父に、「留学したい」と相談したんです。急な話にもかかわらず、身勝手にロサンゼルスを夢見ていたんですが、親父のつてがオーストラリアにしかなかったので、オーストラリアに行きました。ところが、行ってみると素晴らしくて。自然はもちろん人も食べ物も素晴らしくて、信号もない6000人しか住んでいない田舎町で自然と戯れて帰ってきました。

遠山:その経験は役に立ちましたか?

横川:ええ、世界観が変わりました。

遠山:留学を経て大学へ行って、建築を学び、それから家具屋になって。

横川:[Pier1]という家具屋に勤め始めたんですが、3年で潰れてしまって。そのときの仲間とお店を立て直したくて、父に頼んで出資してもらい、会社ごと買い取ってスタートしたのが、今の会社です。[Pier1]のあとを、インテリアショップ「George's Furniture」として始め、その隣には空間プロデューサーの山本宇一さんと一緒にカフェをつくりました。

遠山:カフェブームのはしりですね。

横川:そうですね。宇一さんはいわゆるカフェブームの火付け役で、駒沢の住宅街に突然現れたバワリーキッチンにはいつもたくさんの人が並んでいました。

遠山:みなさん、横川さんはこう見えて、けっこう苦労してるでしょ? 全部が全部、うまくいっているわけじゃないんです。

横川:負けず嫌いなんでしょうね。ずっこけた後、踏ん張るというのが好きなんです。その後、2001年には青山に「CIBONE」を、そして2003年に「DEAN & DELUCA」の1号店を丸の内にオープンしたんですが、当時は新丸ビルができる4年前で、毎日、工事現場で働くニッカボッカのお兄さんたちしか来なかったんです。そのあと渋谷、そして品川に大きなお店を出すんですが、この品川のお店が全然うまくいかなかった。

遠山:品川のお店には、最初は生鮮食品も置いていて、大きな魚がまるごと置いてありました。

横川:ニューヨークのDEAN & DELUCAでは、クラッシュアイスの上に市場みたいに魚がまるごと置いてあったり、野菜が山盛りになっていて、それがカッコよくて、品川でも同じことをしたんです。ところがカッコばかりで、料理をする人にとってはリアリティがなかったんでしょうね。毎日どれだけ食べ物を捨てるんだというぐらい売れなかった。それでオープンして半年でお店を改装して、生鮮をやめてカフェスペースにしたんです。

遠山:今のカフェはそのときにできたんですね。

横川:そのとき、自分たちがお客様に求められていることがなんなのかわかったんです。忙しい人や、普段、外食でおいしいものを食べている人が、自宅でも気軽においしいものを楽しむために、たまの休みにちょっとした贅沢を楽しむために、僕らのお店はある。そういう方々に、僕らの手が加わったお惣菜とかグロッサリーに価値を感じていただくためにあるんだから、野菜や魚はうちが無理に扱わなくていいでしょ、と。

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2013.11.15(金)
text:Rika kuwahara
photographs:MIki Fukano / Nanae Suzuki