内気な殻を破って創作した先住民族のドキュメンタリー

◆映画:スパイク・リー×カイル・ベル

 「このプログラムを持ちかけられた時、ネイティブ・アメリカンの監督をプロトジェにしたいと言いました」とスパイク・リー監督は話す。

「この国の建国には、先住民から土地を奪い、アフリカから奴隷を連れてきた過去があります。けれども、映画では事実上口を封じられ、忘れ去られ、ひどい扱いを受けてきたのです」

 彼が選んだプロトジェは、ネイティブ・アメリカンの映画監督であるカイル・ベル。オクラホマ州タルサで育ち、現在もそこに住む、スロップスロッコ・クリーク・コミュニティ出身だ。

 スパイク・リー監督といえば、『ドゥ・ザ・ライト・シング』『マルコムX』『ブラック・クランズマン』などの名作を手がけ、常に黒人と社会の問題を描いてきた。二人とも貧しいコミュニティの出身であり、自分の民族を描いている映画監督だ。

 このプログラムの最中、ベルはリーの仕事を間近で見ることができ、また編集室で共に過ごすことができたため「スパイクの仕事を少し味わうことができて、本当に魔法のようでした」と感動を口にする。

 リーの最大の教えは、自分の思いを見つけて、それに従うよう促してくれたことだという。映画監督をめざすベルはカメラを買って、YouTubeのチュートリアルを通じて独学で映画を作ってきた。

 「私は内向的でものすごく内気なのです。映画では、他の人と協力し、コミュニケーションを取らなければなりません。スパイクは私が隠れていた殻を破る大きな手助けをしてくれました。私はカメラの後ろに隠れ、引っ込んでいる方を好むのです。しかし彼は、私が自分のビジョンを主張し、他の人たちを導いていくことができるよう手助けをしてくれました」そう話すベルを、リーは彼にとっての安全な領域から外へ連れ出したのだ。

 「『やってみる』という言葉は聞きたくない。やるしかないんだ。『やってみる』ではなく、『やるぞ』という考え方を持たないといけない」とリーはいう。

 またリーのアドバイスのひとつに、ドキュメンタリーと物語映画を区別して扱わない、というものがあったという。

「なぜならドキュメンタリーでもフィクションでも、重要なのはストーリーであり、そのストーリーは人々とつながっていなければならないからです」とベルは学びを話す。

 このプログラムを通じて完成し、ワールドプレミア上映されたドキュメンタリー映画『ラコタ(Lakota) 』は、ネイティブ・アメリカンのコミュニティで、家族の精神的な問題に取りくむ若い女性を描く作品だ。またサンダンス・インスティテュート先住民プログラムの支援を受けた『スピリッツ(Spirits)』は、大学でバスケットボールの夢を追うために捨てなければならないものに悩むムブスコーク・クリークの若者を描いた。

 こうして内気なプロトジェの殻を破ったメントーによって、ベルの映画監督としての力が飛躍した。

シェイクスピアに移民問題と音楽をかけ合わせた意欲作

◆舞台美術:フィリダ・ロイド×ホイットニー・ホワイト

 舞台美術のメントーは、イギリスを拠点に活躍する演出家、映画監督のフィリダ・ロイドだ。『マンマ・ミーア!』の舞台と映画を手がけた監督であり、映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』の監督といえばお分かりになるだろう。

 また本国イギリスではシェイクスピア劇を、女性だけで演じる舞台を手がけ、女性のエンパワーメントにも積極的な存在として知られる。「私のいる業界は白人男性ばかりで、その状況を変えたかったのです」とロイドは話す。

 プロトジェとして選ばれたホイットニー・ホワイトはニューヨークを拠点として活動するオビー賞受賞演出家であり、音楽家でもある。またホワイトもシェイクスピア劇の女性にフォーカスしたミュージカル作品を手がけている。

 このプロジェクトで困難を極めたのが、やはりパンデミックだった。舞台芸術はすべてストップしてしまい、舞台関係者たちは孤立した。

「私たちは皆、とても脆い存在でした。舞台芸術は集いの学問ですから」とホワイトは述懐する。

「フィリダは戦友のような存在です。彼女がすぐ隣にいて、一緒に旅をしているように感じているのです」

 これにロイドもうなずき、ホワイトにとってまさにメントーを持つべき意義がある時期だったという。

「さらにすべてのメントーたちとの会話を可能にし、自分たちの責任について議論できたことについて、私はロレックスを称賛しなければなりません」

 このシェイクスピアに造詣が深い二人の師弟関係から生まれた作品が、『ザ・ケース・オブ・ザ・ストレンジャー(The Case of the Stranger)』だ。「見知らぬ人たちの境遇」といった意味になる。今回のアート・ウィークエンドで、世界初上演となった。

 これは以前ホワイトが手がけた舞台『マクベス・イン・ストライド』からの流れで作られており、シェイクスピアの戯曲から引用したセリフ、そしてホワイトによるオリジナルのテキストと音楽から成りたっている。

 コロナ禍の時期、NYで大きく運動が盛りあがったブラック・ライブズ・マターも影響を与えたとホワイトはいう。

  この題名は、初期にシェイクスピアが書いたとされる戯曲『トーマス・モア』に出てくる言葉から引用している。16世紀のロンドンで大量に流入した移民労働者たちを迫害しようとしたロンドン市民に対して、モアが「移民の立場になって考えてみたまえ」と語る、人類史で移民に同情と共感を寄せた、もっとも古い文章だ。

 ホワイトのセリフと音楽によるパフォーマンスは、移民や国境をテーマに、思いがけない人々のつながりが生まれることを謳う作品となった。

2022.10.31(月)
文=黒部エリ