だんだん悔しくなって何度も安藤さんの頬を叩いていた

――奈美の端々からにじむ待つ側の辛さや痛み、救われない心を表現するにあたり、何か参考にしたものはありますか?

 参考にしたのは台本だけですね。そこから「こんな人なんだろうな」と読み解いていく作業をしていきました。ちょっと複雑で難しい部分もあるから「私には抱え込めないんじゃないか」と思ったりもしました。

 だけど、生い立ちや出身地によって、それぞれの「待つ形」というのがあると思うんです。「こういうことがあるから待つことの深さが出てくるのかな」とか、「こういう事情を抱えた人たちだったら、どんなことを思いながら待つのかな」といったことは考えました。

――奈美と同じく、失踪した夫を30年も待ち続けている登美子さんのことをどう思われましたか?

 「出て行ったきり帰ってこない人を30年待っている」ということを台本で知ったとき、私は美しいなと思いました。

 「待つ美しさ」ってどこか古き良き女性を感じるし、耐えて待つ姿というのは「美しいな」って一瞬思うんですけど、でもどこかで「それは無理だよ」と思う自分もいて。なので、「一人の女性として美しいな」という感情もありつつ、「なんでそんなに長い間待てるんだろう?」という両方の気持ちがありました。

――突然帰ってきた洋司を見た奈美が、泣きながら夫の頬を何度も叩くシーンは胸に迫るものがありました。

 あのシーン、実はあそこまで叩くとは書いていないんです(笑)。「手をあげる」みたいなことは書いてあったけど、それは多分“一発”って意味だったんでしょうね。でも、演じてたらだんだん悔しくなってきてね。

 奈美としては、次の段階に踏み出そうとして、やっと気持ちが前向きになったときに夫が目の前に現れたから「どうして今帰ってきたの!?」という思いだっただろうし、何か無性に腹が立ってきたので、気が付いたら何度も叩いていました。

――叩いた回数は、奈美の気持ちが高ぶった結果なんですね。

 叩いた方の私の手が痛かったから、叩かれた安藤さんはさぞ痛かっただろうなと思います。「ごめんなさい」って書いておいてください(笑)。

――突然帰ってきたことで奈美は動揺したかもしれないけど、ちゃんと感情をぶつけることができたということですね。

 でも、自分が次のステップに進もうとしているときに前の旦那が帰ってきら、ちょっと逃げたくなりません?

 「ごめん、代わりに文句言っといて!」と周りの人に頼むか、あとで手紙を出すかになっちゃいそうだけど、あんなふうに面と向って言うのは勇気がいることだなと思います。

2022.10.03(月)
文=根津香菜子
写真・佐藤 亘
ヘアメイク=黒田啓蔵(Iris)
スタイリスト=関口琴子(ブリュッケ)