小田 今もメインは4人ですけど、他の人でもお笑い好きって聞いた瞬間、「ちょっと読んでもらえる?」「ちょっとネタ出してくれるかなあ」とかネタを持って聞きに行ってます。意外と普通に働いてはる人が面白いこと考えるんですよ。

2005年には「R-1ぐらんぷり」にも出場

――変ホ長調を結成して、M-1に初めて挑戦されたのが2005年でした。そもそもどういう経緯で結成したんですか。

小田 きっかけはかなちゃん(彼方)が2005年の「R-1ぐらんぷり」に出たことですね。

彼方 私は小田さんと一緒に働いていた会社を辞めたあと、東京で派遣社員をしてたんです。でもそれがめっちゃ暇で、なかの芸能小劇場でやってた「東京ビタミン寄席」とかのライブに週3回ぐらい通ったり、放送作家セミナーに通ったりしてたんですよ。

小田 もともと劇団員やったから、北川悦吏子さんとか内館牧子さんとか大石静さんみたいな女性シナリオライターに憧れててんね(笑)。

彼方 王道の劇作家とかシナリオ作家になりたいなと思ってたんですけど、表参道とかにある“ナントカさん輩出”みたいなウリ文句のセミナーは30万円ぐらいするんですよ。これは無理やなと思ってたら、浅井企画さんのセミナーが3万円やった(笑)。それでそこに通ってたら、先生から「ネタを書くなら演者の気持ちをわからないと。全員R-1に出ろ」と言われたんです。

 

小田 かなちゃんからその話を聞いて、「あれ? 北川悦吏子は?」とも思ったんですけど、私も仕事で大変な時期やったこともあって、いいなあって。ちょっとときめいて、じゃあ私も出ようかなと思って出たら、妙に楽しくて。

彼方 私は1回戦で駄目やったんですけど、小田さんがあれよあれよと言う間に準決勝まで行ったんです。それに味を占めて、「M-1もやってみいひん?」って。

小田 その前年のM-1はアンタッチャブルさんが優勝されてたんですけど、私達2人ともアンタッチャブルのファンやったから、それを見てて楽しそうやなっていうのがどっかにあったんやと思います。

2022.01.10(月)
文=「文春オンライン」特集班