松尾 青春時代に浴びるほど飲んでいた酒へのノスタルジーは入っていますね。主人公は笹塚のアパートで飲んだくれているけど、俺もかつてそうだったし。

安藤 アルコール依存症の話ではあるけど、お酒に対する愛情をここまで表現できる人がいるのか! という感動がありました。

松尾 まあ、愛憎だよね。酒で死んでいった仲間も何人かいるから、手放しに愛とも言えない。ああ、こんな早く逝っちゃうんだ……みたいな。実際この小説には、モデルっぽい存在の人も何人かいて。俺らが劇団を旗揚げした頃よく見に来てくれて、アドバイスや仕事をくれた放送作家の方がいたんです。番組に出させてもらったり、すごく世話になっていた。でも、40代前半ぐらいで酒で死んでしまったんですよね。酒が原因の癌だったのかな。その人に対して、十分弔えなかったという罪悪感がどこかにあって。

 

首から酒入り哺乳瓶を提げていた俳優

安藤 それは、生前に感謝を伝えられなかった、ということ?

松尾 それもあるし、その人のまわりの人間と俺が仲たがいしちゃったのもあって、お別れの会とかに顔を出せなかったことがいまだに心残りで。その人に俺は酒を教えてもらったんですよ。

安藤 『矢印』の主人公は、ひたすら飲み、妻と壮絶な喧嘩を繰り返す中で、かつて自殺した、半端ない酒飲みだった放送作家の師匠との関係に思いを馳せていきます。彼らのような間柄だったんですか。

松尾 あそこまでベッタリ一緒にいる感じではなかったですけどね。でも、その人とは何度も一緒に仕事をさせてもらいました。まったくコネのない状態で芝居を始めたから、そういう存在がいてくれたことは、すごく心強かった。

安藤 その方は、やはりずっと飲んでいたんですか。

松尾 さすがに昼からは飲んでなかったと思うけど。あとは、さっきアンタマが言ったみたいに、演劇界隈では酒飲む奴が多いから、無意識のうちにモデルにした人もいるかもしれない。例えば、われわれの共通の知り合いの俳優Kくんみたいな人ね。

2021.11.22(月)
構成=辻本 力