物語の名わき役になった花たち

 現代の文学にもたくさんの花が登場しています。三浦しをんさんの『愛なき世界』のキャッチコピーは「恋のライバルは草でした」です。主人公が恋におちるのは、植物を研究する大学院生の女の子。2000年に植物として初めて全ゲノム解読が完了したことで知られるシロイヌナズナが、彼女の愛する草として、また主人公の恋のライバルとして登場します。

 映画化もされた有川 浩さんの『植物図鑑』では、ヘクソカズラを筆頭とした、日本の庭先などでも見ることができる野草と、その野草を使ったたくさんの料理が登場し、読むだけでお腹がすいてきます。

 そして僕のお気に入りは、吉本ばななさんの『みどりのゆび』という作品。主人公の祖母は大の植物好きでしたが、そんな祖母が唯一嫌いだった花がシクラメン。

 祖母がシクラメンを「なんていやらしい花だろう」と言うセリフには、衝撃を覚えました。祖母がその嫌いな花と仲直りをし、好きになったことを主人公に告白しますが、嫌いなものがなくなっていく祖母の姿と残された時間を重ねて、主人公が不安や切なさを感じていく過程が、吉本ばななさんらしい繊細な描写で描き出されます。

 シクラメンは、花屋さんで切り花として並ぶことはまれですが、鉢物としてはとてもメジャーな植物です。最近では小さなガーデンシクラメンや、花びらがフリル状になっているものなどたくさんの種類が出ていますので、お気に入りの鉢を見つけて飾って、ある程度経ったら、切り花として飾ってもとってもおしゃれです。

 とあるパーティーの席で吉本ばななさんにお会いする機会がありました。僕が「吉本さんの好きな花はなんですか?」と伺うと、少し悩んでから「チューリップ」と笑顔で答えてくださったのを覚えています。

 口にはあまりしませんが、好きな花があるように、誰しも嫌いな花や苦手な花があると思います。『みどりのゆび』に登場する祖母に本の中で出会うことで、あなたも嫌いな花と仲直りができるかもしれません。

 芸術の秋と花、いかがでしたか? 皆さんが見たことがある作品はありましたか?

 2250万ポンドの値がつけられたヒマワリ、奥ゆかしく隠されているのにきらりとセンスが光るオミナエシ、2人の女性の視界を埋め尽くすスイセンとラン、嫌いから始まるシクラメン。

 どれも偉大な作品に登場する花ですが、手にすることができない高嶺の花ではありません。並ぶ時期の違いはありますが、花屋さんで手軽に手に入るものばかりです。

 今回紹介した花以外にもたくさんの花が芸術作品に登場しています。なにか芸術に触れたいけれど、どこから始めようか迷っているという方は、自分の気になる花をきっかけに作品に触れてみてはいかがでしょうか?

 一度見た作品も、傍らに花を飾ってゆっくりと鑑賞すれば、また違った発見があるかもしれません。

 毎日更新の「今日花を飾るなら。ブルームカレンダー」では、今回ご紹介した花もいくつか公開されています。イラストとともにその花のエピソードや飾り方も提案していますので、ぜひチェックしてみてください。

佐藤俊輔(さとう しゅんすけ)

フラワーデザイナー。大手百貨店退社後、花の世界へ。2014年モナコ国際親善作品展国内選考会で特別賞を受賞。'17年「女性自身」(光文社)、’19年日本最大級の花材通販「はなどんやアソシエ」にて季節のアレンジメントを連載。テレビ、ラジオ出演のほか伊勢丹メンズ館のディスプレイ装飾など幅広く活躍。CREA WEBにて「ブルームカレンダー」連載中。

Column

新しい私を、花と。
Playful Flower Life!

花を買って家に飾る、それだけでも十分に豊かな時間を過ごせるけど、花の楽しみ方はノールール。今まで知らなかった新しい花との付き合い方を、フラワーデザイナーの佐藤俊輔さんがお届け。もっと自由に花と触れ合って、プレイフルな日々を楽しもう。

 

2021.09.24(金)
文=佐藤俊輔