映画『すばらしき世界』で本格的に組んだ西川美和監督と仲野太賀さん

 映画『ゆれる』(2006)や『永い言い訳』(16)で知られる西川美和監督の待望の新作『すばらしき世界』が、2021年2月11日(木・祝)に劇場公開を迎える。

 本作は、直木賞作家・佐木隆三さんのノンフィクション小説『身分帳』を現代版にアレンジし、映画化した作品。人生の大半を刑務所で過ごした元殺人犯の三上(役所広司)が、出所後に社会復帰を目指して奮闘するさまを描く。テレビの制作会社を辞めたばかりの青年・津乃田(仲野太賀)は、プロデューサーの吉澤(長澤まさみ)から引っ張り出され、三上の取材を始めるが……。

 社会からこぼれ落ちた人々を阻むシステムの残酷さと、人々の優しさを絶妙なコントラストをつけて描き、「すばらしき世界とは?」を問いかける力作だ。

 今回は、本作で本格的に組んだ西川監督と、仲野さんに単独インタビュー。仲野さんは、中学校の教師の薦めで、西川監督が執筆した『ゆれる』の小説版と出会い、その後映画を観て衝撃を受けたという。まずはそのころに立ち返り、ふたりがいかにして本作へとたどり着いたのか、そしていま何を思うのか、紐解いていこう。


「もともと太賀くんという役者にすごく可能性を感じていました」(西川さん)

――今回は、『ゆれる』の小説をお持ちしました。

仲野 懐かしい……。これを中学の先生が薦めてくれたのが、西川監督との出会いでした。

西川 中学校にこんなものが置いてあるんだ!

仲野 「今月の本はこれ!」といった感じで、先生が持ってきてくれたんです。

西川 このころからもうお仕事はしていたの? 映画は観ていた?

仲野 はい。仕事はしていて、映画も観ていたんですが、どこから掘っていけばいいのかわからなかったんです。そんなときに『ゆれる』を観たんですよね。

西川 そっか。映画も小説も、メンターがいないとなかなか幅は広がっていかないから、先生のお陰だね。

仲野 そうですね。

――おふたりが映画で本格的に組むのは本作が初めてですが、お互いにどんなイメージをお持ちでしたか?

仲野 『ゆれる』の衝撃から、西川監督の現場はずっと目指している場所でした。ご本人を前にして言うのは恥ずかしいですが(苦笑)、憧れでしたね。西川監督の演出や世界観はもちろん、同作での香川照之さんの芝居に、ものすごく影響を受けているんです。

 ただ、西川監督は、何本も作品を撮られる方ではない。何年かに1回、ものすごく濃度の濃い作品をご自身のペースで作っていらっしゃって、出ている役者さんも超一流だから、ご一緒できるなんて思ってもみなかったのが本音です。今でも信じられません(笑)。

西川 (笑)。そういう経緯もあって、私が2010年にドラマ『太宰治短編小説集「駈込み訴え」』の演出を手掛けた際に、太賀くん側から番組のプロデューサー側にアプローチしてくれたそうなんです。でも、太賀くんにお願いできるのが、役名もセリフもないような小さな役しかなくて。普通だったらなかなか記憶に残らないんですが、不思議な縁というか、太賀くんが記憶に焼き付いたんですよね。

 当時、現場で助監督が喉を痛めてしまって、声を張れない状況だったのですが、太賀くんは指示がなかなか届かない、カメラから遠く離れた場所でも、他の役の子たちを自分が演じながら動かしてくれていました。恐らく、こちらの状況も彼には見えていて、どう動けば私たちを助けられるかを察知してくれたんだと思います。フィルムメーカーとしてのたしなみが備わっている部分が面白いなと思ったし、お芝居も他より張り出そうともせず、上手かったんですよね。そのときすでに「この人は後々上ってくる」と感じました。

 ただ、私自身そんなに若い人がたくさん出る映画を作ってこなかったこともあり、そんなこんなで10年が過ぎていきました。ですが、目にする映画やドラマで彼はコツコツと出演数を重ねていて、お仕事ぶりを見ながら「やっぱりみんなも『出てほしい』と思うんだ。あの日、私が感じたことは間違っていなかったんだ」と思っていましたね。

 そして『すばらしき世界』が動き出したときに、自分がつかんだ太賀くんの立ち振る舞いや人間性は変わっていないはずだ、と思ってお招きしたんです。もともと太賀くんという役者にすごく可能性を感じていましたが、お呼びしたときにはもう私のほうが信頼しきっていましたね。彼の才能は、持って生まれたものだと思います。

2021.02.10(水)
文=SYO
撮影=佐藤 亘
スタイリスト=石井 大(仲野)
ヘアメイク=酒井夢月(西川)、高橋将氣(仲野)